安倍宏行(Japan In-depth編集長)

 弾劾訴追案可決はあっけなかった。与党からも賛成者が予想以上に出て、朴槿恵大統領は9日、職務停止となった。日本でも連日ワイドショーを賑やかしていたので、まずこのニュースを知らない人はいまい。微に入り細にわたり、崔順実(チェ・スンシル)スキャンダルについて事細かに報じ、タレントがああでもないこうでもない、と無責任な論評を繰り広げる。まるで韓国政界が混乱しているのを楽しむがごとくである。
韓国の朴槿恵大統領の即刻退陣を求め、サンタクロースの姿でデモ行進する若者たち=12月17日、ソウル(共同)
韓国の朴槿恵大統領の即刻退陣を求め、サンタクロースの姿でデモ行進する若者たち=12月17日、ソウル(共同)
 こうした番組を毎日見ていたら、朴大統領は一民間人の操り人形であり、公私混同して政治を混乱させた無能な政治家、という負の印象を抱く人が多いだろう。無理からぬことだ。確かに、朴槿恵大統領と崔順実氏の関係と、実際にどのような不正行為があったのかは司直の手で明らかにされねばならないが、朴大統領がこれまで行ってきた政治の評価を無視して、一方的に非難を浴びせかけるのはいかがなものか。もっと本質的な議論が必要なのではないか。

 この短期間のうちに“韓国政治を知った風な人”を増やしたテレビには猛省を促したい。しかも、安全保障の面からの議論がすっぽり抜け落ちている。では、どのような視点が欠けているのか?

 韓国の政治が停滞し、野党が政治のイニシアチブをとるようになると、どのような影響が我が国に及ぶかについて掘り下げた報道はほとんどない。筆者は、2012年の9月末、大統領選挙の取材で韓国入りした。その時は、朴槿恵候補、文在寅(ムン・ジェイン)候補、安哲秀(アン・チュルス)候補の三つ巴の戦いだった。その時インタビューした文在寅候補のブレーン、文正仁(ムン・ジョンイン)延世大学政治外交学科教授をインタビューした。文教授は、NSC(青瓦台国家安全保障会議)などのメンバーで、廬武鉉大統領の特別顧問などの経歴を持つ(当時)。

 彼が話し出してすぐにわかったのは、北朝鮮に対する姿勢である。明らかに「太陽政策」なのだ。それは盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領と北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)前総書記が2007年10月に行った2回目の南北首脳会談後発表した「10・4首脳宣言」において明確だ。宣言には、北朝鮮の鉄道や高速道路の改修・補修、白頭山観光事業への支援等の経済協力が盛り込まれている。履行には14兆ウォン(約1.4兆円)の費用がかかるとされている。

 文教授は「北朝鮮に対する1兆円規模の経済支援は朝鮮半島の緊張緩和にとって不可欠だ」と強い口調で自説を展開した。わかっていたこととはいえ、実際に太陽政策の信奉者の言葉を直接聞くのは初めてだったので若干の驚きを感じたのは事実だ。これだけ北朝鮮が核ミサイル開発に血道を上げ、極東アジアの緊張を高めているというのに、だ。この太陽政策が北朝鮮の瀬戸際外交抑止に全くなっていないことは明らかだ。