著者 Don Giovanni
 
 蝸牛庵居士と墨堤居士は、ともに東京の下町に住む知合いである。二人は永い付合いであり、いわば親友である。時々暇をみては(実はいつも暇なのだが)お茶を飲みながら雑談を交わしている。筆者のDon Giovanniがそれを傍で聴いていて文章にまとめてみたというわけである。なお、蝸牛庵(かぎゅうあん)は幸田露伴の旧宅、墨堤(ぼくてい)は言うまでもなく向島の隅田川堤のことである。二人の老人はこの墨堤の近くに住まっている。

雑談 その1


 蝸牛庵居士(以下K)
 やあしばらくですな。お元気ですか。

 墨堤居士(以下B) やあやあ、なんとかやっていますよ。ただご近所のみなさんはすっかり歳を取ってしまい、だんだん元気がなくなってきていて心配です。世間全体でも老齢化が進んでいるようで、この国の将来がどうなっていくのか心配ですよ。

 K そうですなあ。われわれが若い頃は、世間は活気に満ちていてみな忙しそうに飛び回っていたが、今はすっかり様変わりしたように見える。景気もはっきりしないので、みなさんじっと耐えて我慢をしているようだ。私は永く当地でささやかな料理屋をやっているが、商売はさっぱりだよ。墨堤さんは学生時代に経済の勉強をされてきたというし、また大きな会社の経営者としての経験もあるので、このデフレがどうなっていくのか解説していただけませんか。

 B 1980年代のバブルがはじけて日本経済は今までの記録にない長期にわたる低迷を続けている。国全体の所得を表すGDPは1997年をピークとしてそれ以降一度もその水準を上回っていない。いわゆる「失われた20年」という長期のデフレーション(物価の継続的な下落と不況)が続いている。

 2012年末の自民党政権の復活によって新しい経済政策が実行に移された。アベノミクスである。当初は為替、株価の回復が見られ政策は成功に向かっていくと期待されたが、ここへきて政策の中核をなすリフレ策の効果の限界が確かになってきている。このままではデフレからの脱出は絶望的であり、強力な財政政策の出動が必要との見方が有力である。期待される財政出動の額は最低でも年15~20兆円規模であり、かつそれを数年続ける必要があると見られている。

 しかし7月末に発表された経済対策案によると、いわゆる真水による追加の財政支出(主として公共事業)は2~3兆円規模に留まりまったく不足である。これでは個人消費の回復や企業の設備投資意欲の復活などは到底望めない。

 K 本当に大胆な財政支出が必要ということならば、もっと思い切ってやったらどうなのかな。それができない訳でもあるのかな。