兵頭 二十八(軍学者)


 日米開戦当時の日本海軍の航空母艦には、専用の「艦上偵察機」、略して「艦偵」が積まれていなかった。

 専用艦偵が無かったのは当時の米海軍でも同じで、正規空母『エンタープライズ』だと、複座(前後2人乗り)の艦上爆撃機(急降下爆撃機ドーントレス)の半数の18機が、索敵任務を兼帯していた。このダグラス社の機体はそもそも開発中から「SB」=スカウトボマー(偵察兼爆撃機)なのだという性格定義をされている。

 米空母の「偵察爆撃隊」は、爆撃専任の残り18機のドーントレスよりも軽度の爆装でいちはやく発艦し、単機ではなく隊として索敵線を往復し、もし敵艦を発見したら、母艦に報告するついでに攻撃(投弾)もしたのである。

 これに対して日本の空母上で艦偵の代役を務めさせられることがあったのは、三座(3人乗り)の「九七式艦上攻撃機」、略して「九七艦攻」だった。

 しばしば敵潜水艦を警戒する前路哨戒のために単機で飛ばされた。そのさい、敵潜水艦を発見したら即座に威嚇もできるように、小型爆弾少数を吊るした。当時の潜水艦は水中行動力がきわめて制限されていたから、航空機が潜航を強いてしまえば、あとは味方艦隊が少し変針するだけでも安全となったようである。
3人乗りの九七式艦上攻撃機(宇佐市民図書館提供)
3人乗りの九七式艦上攻撃機(宇佐市民図書館提供)
 開戦時6隻あった日本の一線規格空母も、単座の艦上戦闘機(艦戦)、複座の艦上爆撃機(艦爆)、そして三座の艦攻の3種類を混合して搭載していたのは、米正規空母と同じであった。

 艦攻は艦爆よりも重い兵装を搭載するのにエンジンは特別強力ではなく、艦爆のような急降下爆撃や空戦の真似事はできない。その代わり、最も重い爆弾や魚雷を抱えても長距離を飛びやすいように設計されていた。

 日本の空母からフルセットの攻撃隊が発進するときは、軽快で滑走距離が短くて済む艦戦隊がまず離艦し、ついでエンジンの強力な艦爆隊が250キロ爆弾を抱えて離艦し、最後に、いちばん長く飛行甲板を使って、重い800キロ魚雷(または爆弾)を抱えた艦攻隊が離艦した。

 空中では、いちばんスピードの遅い艦攻に合わせるために、スピードの速い艦戦がイライラと左右に蛇行するような飛行を続けながら護衛に任じた。

 艦攻や艦爆は戦闘機より重いため、発艦や収容には飛行甲板を広く開けてもらわなければならない。エレベーターに乗せて格納甲板まで下ろすのにも、またその逆に、格納甲板から飛行甲板へ引き出す作業にも、時間と人手がかかった。艦戦はそのすべてが早かった。

 みずからは「水雷屋」であった南雲忠一中将が率いた、対米開戦時の空母機動艦隊の期待は、鈍重で使い難い艦攻にかかっていた。これが、日本の空母航空隊の一大特徴だった。

 当時、艦上機によって敵の重装甲の「戦艦」を撃沈できる可能性は、この艦攻から発射する航空魚雷か、艦攻がはるか高空から編隊で一斉投弾する特別な「徹甲弾」の命中による以外には、ありえなかったからだ。

 艦爆は、エンジンのスロットルを最低に絞って(したがって音がほとんど消えたようになる)急降下しながら、機体軸をそのまま照準軸とすることで、回避運動中の敵軍艦に対する爆弾の命中確率を限界まで高めることができた。だがその代償として、高度数百メートルの超低空からリリースされる急降下爆撃機の爆弾の終速(着弾速度)は、加速度が乗る時間が足りずに、どうしても小さい。

 上面装甲が無い巡洋艦クラスが相手なら、それでも艦底近くまでも爆弾が達して大被害を与えて撃沈を期すことはできるはずだったが、敵戦艦のぶ厚い上面装甲や、大型空母の中層装甲に対しては、貫入が期し得ないことはあらかじめ承知されていた。

 これに対して魚雷は、戦艦の装甲されていない部分である水線下に穴を開けることによって、膨大な「水圧」の力(言い換えると敵戦艦の重さそのもの)を味方とし、大浸水をもたらしてやることができる。また、高度2000メートル以上からの水平爆撃で特殊な徹甲爆弾を落下させれば、命中までにじゅうぶんに重力加速がつくので、戦艦の上面鋼鈑を運動エネルギーによって貫き、うまくそれが弾火薬庫に飛び込めば、第1次大戦の遠距離砲戦データからして、一発爆沈もあるだろうとも信じられた。

 果たして、その徹甲弾理論がパールハーバーの戦艦『アリゾナ』では実証されている。同艦は瞬間的に着底したので、水深の浅い港内だったにもかかわらず、約1000人の水兵が艦内で死んだ。船体は修理が無駄であると判断されるほどに損壊していたから、他の戦艦のように引き揚げられて再就役することもなかった。

 日米開戦前、もし、「空母機によっては敵の戦艦を撃沈できないのだ」と認定されてしまえば、日本の海軍省の中で、大型戦艦をどんどん建造しようと考えていた「艦政本部」の絶大な権力(明治いらいの既得権益構造)は誰も崩すことができず、新時代の航空機に予算を割くべきだと考える「航空本部」の発言力は弱まってしまう。

 だから、海軍部内の航空派は、艦攻と陸攻(陸上基地から発進して敵艦隊を雷撃もしくは水平爆撃する双発中型攻撃機)を切り札と思い、これで米戦艦を沈められると公言もし、必ずや緒戦で手柄を挙げさせてやる心算だった。