佐賀県・鳥栖の朝鮮部落に生まれた孫正義は、裸一貫で時価総額8兆円の巨大帝国を作り上げた。在日が実現した「ジャパニーズドリーム」は、祖国・韓国ではどう受け止められているのか。『あんぽん 孫正義伝』著者の佐野眞一氏がレポートする。

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 経営者・孫正義の真髄は、米でヤフー、中国でアリババを発掘した投資眼に尽きる。孫が世界各国の人材やベンチャー企業を発見する様は、未掘の金鉱探しのようにも映る。
1999年6月、インターネットでおもちゃを売るビジネス「イー・ショッピング・トイズ」を発表したソフトバンクの孫正義社長。バンダイ、トミー、タカラ、エポックの玩具メーカーなどと合弁会社を設立することを発表(後藤徹二撮影)
1999年6月、インターネットでおもちゃを売るビジネス「イー・ショッピング・トイズ」を発表したソフトバンクの孫正義社長。バンダイ、トミー、タカラ、エポックの玩具メーカーなどと合弁会社を設立することを発表(後藤徹二撮影)
 だが、孫の関心が母国・韓国に向いたことは少ない。財閥中心の閉鎖的な韓国経済に、孫の心をくすぐる宝は埋まっていないのか。それとも、祖国に対する複雑な感情が投資意欲を鈍らせるのか。

 一方、韓国人は孫をどう見ているのか。5年前、『あんぽん』取材の途次に訪れたソウルで、孫の評判を聞いてみた。皆、成功者として認識してはいるものの、彼らの口ぶりから熱気を感じることはなかった。ある韓国の企業人は孫が「在日」だから誇らしいのではなく、世界的成功を収めた孫が「韓国にルーツを持っていること」が誇らしい、と言った。この言葉を聞いた時、やれやれ、歴史観を消失してしまったのは日本人だけではなかったんだな、と私は胸の内でつぶやいた。

 私が初めてソウルを訪れた40数年前、今でこそ韓国の銀座といわれる明洞(ミョンドン)は、ひどく薄暗かった。街はマニラやバンコクなどと共通するアジア特有の不気味な埋蔵量を感じさせたが、外観はおよそ垢抜けていなかった。金浦空港を出るなり、突然声をかけてきた少年が今でも印象深い。

「日本の新聞、十円だよ」

 思わず買うと1か月前の新聞だった。顔をあげるともう少年は、風のように消えていた。当時、韓国はまだ貧しかったが、「在日」にまとわりつく悲哀を、国民全員が共有していた。