元ソフトバンク社長室長が明かす孫正義「世界企業帝国」の野望

『嶋聡』

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嶋聡(多摩大学客員教授、ソフトバンク前社長室長)

 「イノベーション」で有名な経済学者シュンペーターは、企業家は「自己の王朝」を創るために動くと述べた。マイクロソフト帝国、アップル帝国など、アメリカには世界企業帝国が数多くある。日本には「世界企業帝国」は今までない。孫正義は、日本で初めて「世界企業帝国」を本気で目指している。

 孫正義の得意とするところは、パラダイムシフトの入り口で先手必勝、行動することである。大統領選の確執により、アップルをはじめ、シリコンバレーのIT企業とトランプ大統領との間に隙間風が吹いている今こそ、日本発の「世界企業帝国」をつくるチャンスである。
ソフトバンクグループの孫正義社長(右)との会談内容を説明するトランプ次期米大統領=12月6日、ニューヨークのトランプタワー(共同)
 2016年11月6日、孫正義はアメリカ次期大統領トランプ氏と約45分間にわたって会談。アメリカに500億ドルの投資と5万人の雇用をつくることを約束した。

 トランプ氏は、孫氏をファーストネームで呼び、「マサはわれわれが選挙で勝たなかったら、この投資を決してしなかっただろうと言ってくれた」とツイートした。政治家でも経済界の代表でもない日本の民間人がアメリカ次期大統領と会談する。これは日本の歴史上、初めてのことであろう。

 会談後、両氏はそろってトランプ・タワーのロビーに登場し、トランプ氏が孫氏を見送った。「トランプ氏は積極的に規制緩和を推進すると話していた。私はすばらしいことだと思っており、もう一度ビジネスをする国として米国にチャンスがやってくると考えている。米国は再び偉大になる」と述べた。

 「規制」は経済活動を制限し、社会的公正さを維持するために創られる。規制緩和とは経済活動を解き放つことを意味する。トランプ大統領によって時代は「ビジネス化」する。市場対国家の戦いは「市場優先」の時代になるのだ。このパラダイムシフトの入り口で、孫正義はトランプ次期大統領に会った意味は限りなく大きい。

IoTバブルが起きる


 トランプ・孫会談について、スプリント、Tモバイルの合併の話をしたのだとか、フォックス・コンを入れてアップル救済の話をしたのだとかいろいろ喧伝されているが、私はそんな小さな具体論にはとどまっていないと思う。

 孫正義は、来るべき第4次産業革命=IoT革命について話したに違いない。なぜなら、IoT革命は2018年をクロスポイントに一挙に具体化し、進むからである。そして、IoT革命推進のために、孫正義はアーム社を三・三兆円で買収したのである。

 人間の脳は二進法で、ニューロン(神経細胞)の接触の有無によって「ゼロ」と「1」の関係を表す。コンピューターのチップも同じである。そして、トランジスタの数が人間の脳のニューロン数300億個を超える物理的なクロスポイントが2018年なのである。
政治と経営

 シリコンバレーは沸き立っていることであろう。500億ドル=約5兆7千億円をスタートアップ企業に投資するというのだ。日本のGDPはアメリカの約四分の一である。渋谷のビットバレーに、4分の一の約1兆4千億円も投資されるとなったら、日本のベンチャー企業は大いに沸き立つ。

 今回の孫氏の投資は世界にIoTバブルを引き起こすであろう。「バブル」というと悪い印象がある。しかし、将来の期待がなければバブルは起きない。孫氏はITバブルの大波に乗って軍資金を手に入れ、世界に雄飛した。バブルは、次代を拓く経営者に軍資金を与えるのである。ビル・ゲイツはITバブル真っ最中の1999年、記者団の「今はバブルではないか」というしつこい質問にこう答えた。

 「ああ、もちろんバブルだよ。でもあなた方は肝心な点が見えていない。このバブルは、今まさに新たな資本を大量にこのインターネット産業に吸い寄せ、イノベーションをどんどん加速させているんだよ」

  残念ながら渋谷のビットバレーに投資しても世界は動かない。シリコンバレーが動いてこそ世界は動く。2017年はIoT革命、IoTバブルのスタートの年になるに違いない。そして、世界の資本をIoT産業に吸い寄せ、イノベーションをどんどん加速させるのである。

政治と経営


 「孫社長のことだから(トランプ大統領の)携帯電話番号くらいは聞いているのではないか」とフジテレビの取材に答えた。インドのモディ首相など孫氏がさりげなく携帯電話番号を聞くのは氏の常套手段だからだ。

 その10日後の16日、孫正義社長が日ロ首脳会談に合わせて東京で開かれた財界人らによる「日露ビジネス対話」の全体会合に現れた。孫氏はプーチン大統領の近くに指定席を用意された。ロシアのプーチン大統領と肩を抱いて親しげに話し合った。

孫氏は記者団に「トランプ米次期大統領と電話で話す予定があり、プーチン大統領からも『ぜひよろしく伝えてくれ』と頼まれた。今度、我々は米国に投資するが、『ぜひロシアにも』と頼まれた」と記者団に話した。アメリカ大統領と一民間人である孫正義がホットラインでつながっているとは驚きである。

 孫氏とプーチン大統領のつき合いは二十一世紀初め、大統領就任前の政権準備期間から始まる。当時、IT長者だった孫氏を、ウルフォウィッツ世界銀行総裁(当時)が紹介したという。当時、ロシア経済は疲弊しており、「日本人で初めてプーチンに会ったのですよ。そのとき、会った若者たちが、皆、プーチン政権の閣僚になっていきました」と私に話していた。

 今回、政権交代準備期間中のトランプ次期大統領に会ったのもこの成功体験があったからであろう。残念ながら、このときは会談すぐにITバブルが弾け、ロシアへの投資はならなかった。それから十五年、満を持して孫氏はロシアに投資することになる。
高転びに転ぶことの危険性

 現在は企業が国家の後押しを受けて世界に進出する国家資本主義の時代である。私が社長室長だった時代、ビジネスの大きな企てを始める前に、政治トップを押さえる事を常としていた。

 そんなこともあって、「政商」と呼ばれることもあり、孫氏はそれを嫌っていた。だが、孫氏は素直な人である。なんといっても、先に政治を押さえるほうがものごとは上手く進むことを学んだ。ARM社買収時には、イギリスのメイ首相と電話会談にて国内雇用支援の継続を約束。インドでもモディ首相と面談。韓国では朴大統領。そして、中東ではムハンマド副皇太子と10兆円ファンド。そして極め付きが今回のトランプ次期大統領とプーチン大統領である。

 松下幸之助氏は「政治家でも経営がわからないものはダメである。経営者でも政治がわからないものはダメである」と言った。孫正義は政治と経営の二つを見事に使いこなしているといえる。

高転びに転ぶことの危険性


 絶好調に見える孫正義であるが、元社長室長、参謀としてはいささか気がかりなことがある。孫正義は基本的に政治が苦手である。さらにネバー・セイ・ネバーの国際政治は全くといっていいほど苦手である。

 政治は華やかな舞台があり、自らの虚栄心を満たすことができる。だが、満たされた虚栄心と同じ数だけの「嫉妬」が渦巻く。今回、プーチン大統領との親しげさを見せつければ見せつけるほど、政府関係者は憮然としていたという。最も憮然としていたのは、最高権力者である安倍総理だったとのことである。このあたりの深刻さが孫正義は理解できないところがある。
日露ビジネス対話に出席した安倍晋三首相とロシアのプーチン大統領=12月16日、東京都千代田区の経団連会館(桐山弘太撮影)
 心配して、ソフトバンク関係者に連絡したところ、今回のプーチン、孫正義会談は突然に押しかけたのでなく、政府から呼ばれて行ったということらしいので少し安心した。

 どうも「プーチンサイドが会いたい」と言ったとのことのようだが、単純に旧友に会いたいというだけの理由で呼ぶはずがない。プーチン側から見れば孫正義に何らかの利用価値があったと見るのが国際政治の常識である。それは単純に投資を呼び込むことかもしれないし、安倍総理を牽制することだったのかもしれない。

 戦国時代に、織田信長に面会した安国寺恵瓊は、主君の毛利元就に送った書簡で、信長は五年、三年は持つだろう。しかし、その後に「高ころびに、あおのけに、ころばれ候ずると、見え申候」と述べた。

 世界企業帝国をめざす孫正義が「高ころび」に転ぶことがないことを願うものである。

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