渡邊大門(歴史学者)

 2017年の大河ドラマは、「おんな城主 直虎」である。主人公は井伊直虎。男性のような名前であるが、実は女性ということで話題になっているようだ。しかも大きなポイントは、「おんな城主」というところにある。

 これまで、大河ドラマでは、女性がたびたび主人公として起用されてきた。しかし、彼女たちはあくまで大名に寄り添う妻としての立場として描かれており、大名家の当主を務めていたわけではなかった。しかし、直虎はそれらの女性と一線を画しており、当主の権限を代行する役割を担っていた。

 井伊直虎は生年不詳(1520年前後の生まれと推測)。父は、直盛である。井伊氏は井伊谷(浜松市北区)を本拠とする国人で、おおむね平安時代末期ごろから史料上で確認できる。ただ、中小領主の悲哀でもあるが、戦国期は今川、松平(徳川)、武田などの強大な戦国大名の狭間で翻弄された。

〔井伊家略系図〕 直平┬直宗――直盛――直虎
           └直満――直親――直政(虎松・万千代)

 直虎の祖父・直宗は、天文11年(1542)の田原城攻めで戦死。永禄3年(1560)、今川氏の配下として出陣した父・直盛は、桶狭間の戦いで戦死する。永禄6年には、直平(直虎の曽祖父)も犬居城の戦いで亡くなった。その後も、井伊家の重臣が戦いで討ち死にするなど不幸が続き、翌永禄7年に虎松(のちの直政)も三河国鳳来寺に出奔せざるを得なくなった。こうして井伊家は危機に瀕する。

 ここで颯爽と登場するのが直虎である。これより以前、直虎は許嫁である一族の直親との婚約が破談に終わり、「次郎法師」と号して出家していた。しかし、一族の男たちがことごとく亡くなったため、急遽、井伊家の家督を継いだのである。

 直虎の存在が特筆されるのは、自らが黒印状を認め、龍潭寺(浜松市北区)へ寺領の寄進などを行っていることである。また、直虎は寺領の寄進だけではなく、徳政令(債務を破棄すること)の発布などにも関与している。
 通常、女性の書状は消息と言われ、そのほとんどが平仮名で書かれている。内容は権利付与を伴うような重要度の高いものではなく、普通の私信が大半である。相手に近況を知らせたり、あるいは相手の様子をうかがうのが主だったのだ。

 これまでの古文書学では、女性は花押(サイン)や印(黒印または朱印)を用いないとされてきた。しかし、直虎を含めた同様の例がいくつか報告されており、もはや通説は覆されている。直虎のように、権利付与を伴った文書を発給する例も確認済だ(後述)。

 そのような意味で、直虎の存在はクローズアップされたのだ。なお、詳細は拙著『おんな領主 井伊直虎』(中経の文庫)をご一読いただけると幸いである。