手嶋龍一(外交ジャーナリスト)

 殺人を犯して最大の利益を得る者こそ、殺人犯である可能性が高い――アガサ・クリスティの推理小説は、意外にもこうしたシンプルな発想を犯人捜しの基本に据えている。

 アメリカのルーズベルト大統領は、日本の空母機動部隊による真珠湾奇襲を事前に承知していた。だが、ナチス・ドイツへの参戦を忌避するアメリカ国内の世論を突き動かすため、敢えて真珠湾にいた太平洋艦隊を日本海軍に闇討ちにさせた。1941年12月7日の真珠湾攻撃の直後から囁かれてきた「ルーズベルト陰謀説」である。
トランプ次期米大統領と会談する安倍首相=11月17日、ニューヨーク(内閣広報室提供・共同)
トランプ次期米大統領と会談する安倍首相=11月17日、ニューヨーク(内閣広報室提供・共同)
 先日、テレビの番組で、憲法学者を名乗る「論客」が、真珠湾奇襲の陰謀説を真面目に説いて、対日批判をかわそうとしていた。こうした場面で言い争ったり、批判したりすることなど滅多にない。だが、若い視聴者がかかる杜撰な話を信じ込んでしまってはいけないと思い、反論することにした。

 アメリカ本国でも、修正主義学派に属する人々が、さまざまな陰謀説を発表してきた。だが、厳密な歴史の考証に耐えうるような新しい証拠は今日まで公になっていない。

 永井陽之助は『歴史と戦略』のなかで、日本の有識者のなかにいまなお陰謀説を信じている人が多い歴史的背景を鋭く言い当てている。

「察するに、アメリカ人がパール・ハーバーの『卑劣きわまる、だまし討ち』を信じることで、ヒロシマ・ナガサキの非人道性を正当化しようという心理がはたらいているのとおなじように、われわれもまた、ルーズベルト陰謀説を信じることで、モヤモヤした戦後の対米コンプレックスを一掃し、わが国の自立と誇りを回復したという願望がかくされているのだろう」

 冷戦がいまだ続いていた1980年代の半ばに書かれた論考なのだが、パール・ハーバーとヒロシマに関する限り、日米の位相は大きく変わっていない。それだけに、太平洋戦争が始まって75年が経った2016年という節目に、アメリカのバラク・オバマ大統領が被爆地、広島でヒロシマ・スピーチを行い、日本の安倍晋三首相が真珠湾のアリゾナ記念館を訪れて犠牲者たちに慰霊の祈りを捧げる意義は大きい。太平洋戦争が幕を開けた真珠湾とこの戦争を終結に向かわせた原爆投下の地、広島を日米の首脳が相互に訪れることは、国際社会の秩序が変容しはじめ、新たな時代に入りつつあることを物語っている。

 広島へのオバマ大統領の訪問、そして安倍首相の真珠湾訪問は、ともに背後で第45代アメリカ大統領となるドナルド・トランプ氏の影が見え隠れしている。

 太平洋の波を静かなものにしてきた日米同盟について、共和党のトランプ候補は、大統領選挙のキャンペーンを通じて、日本側に多くの財政負担を求め、見直しの意向を示してきた。

「日本はどうやって北朝鮮から自国を守ろうとしているのか。日本に核兵器を持たせることは、さほど悪いことではないと思う」(2016年3月、ニューヨークタイムズ紙とのインタビュー)