「倍々ゲーム」経営を可能にする孫正義の恐るべき世界人脈

『加谷珪一』

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加谷珪一(経済評論家)

 ソフトバンクの孫正義社長が、また世間を驚かせた。ニューヨークのトランプ・タワーでトランプ次期大統領と会談し、米国への巨額投資と雇用の確保を約束したのである。トランプ氏が掲げるアメリカ・ファーストにいち早く呼応したわけだが、孫氏の狙いはどこにあるのだろうか。またソフトバンクはこれからどのような事業展開を考えているのだろうか。

 今回の会談には様々な思惑があり、何かひとつのことを目的としたものではないだろう。だがあえてひとことで言うならば、ソフトバンクの米国における基盤強化と将来の案件獲得の布石ということになるかもしれない。

 ソフトバンクは日本の通信会社だが、事業の軸足はすでに米国にシフトしつつある。同社は2013年7月、216億ドル(当時のレートで約2兆2000億円)を投じて、米国第3位の携帯電話会社スプリントを買収している。同社は続いて米国4位の通信会社であるTモバイルUSの買収を試みたが、市場の寡占化を懸念した司法省などの反対で実現しなかった。
記者会見するソフトバンクの孫正義社長(左)と、スプリント社のダン・ヘッセCEO(当時)=2012年10月
 米国の移動体通信市場は、AT&T、ベライゾン、スプリント、TモバイルUSの4社で激しいシェア争いが行われているが、AT&Tとベライゾンは2強となっており、それぞれ1億人の顧客を持つ。ソフトバンクがスプリントとTモバイルUSを傘下に収めれば、ソフトバンクはトップ2社と互角となり、米国という世界最大の通信インフラの一部を担うことができる。

 ソフトバンクは、創業直後の米ヤフーに出資しており、同社の大株主であると同時に、中国の電子商取引サイト最大手アリババの大株主でもある(アリババは米国市場で上場している)。さらに2016年7月には、英国の半導体設計大手アーム・ホールディングスを240億ポンド(約3.3兆円)もの金額で買収している。

 ARMは、スマホ向けCPU(中央演算処理装置)の設計では圧倒的なシェアを持つ超優良企業として知られる。今後、あらゆる機器類がインターネットにつながるIoT(モノのインターネット)市場が拡大すると予想されており、こうした機器類に搭載される半導体の多くがARM社の設計になる可能性が高い。

 ソフトバンクは通信インフラを中核に、関連企業を囲い込む一種のコングロマリット形成を目論んでいると考えられる。同社は2016年8月にサウジアラビア王室と組み、10兆円という巨額投資ファンドの組成を発表した。このファンドの目的は、AI(人工知能)、シェアリング・エコノミーなど次世代のテクノロジーに投資することだが、すべては通信事業と相互補完関係にある。トランプ氏との会談で確約した500億ドル(約5兆7000億円)の投資と5万人の雇用の一部についても、この10兆円ファンドから拠出される可能性が高いとみてよいだろう。
世界各国の企業が無視できない孫氏

 孫氏は常に、次世代において主役となる企業を先んじて取り込み、業界での地位を確保することによって、さらに大きな事業を得るという、一種の倍々ゲームでビジネスを進めてきた。今回の動きもその延長線上にある。
記者会見するソフトバンクの孫正義社長
 ソフトバンクが最初に手を付けた会社はコムデックスなど米国の展示会運営企業であった。ただの展示会に1000億円も投じるなど狂気の沙汰と言われたが、著名展示会のオーナーとして米国IT業界へのフリーパスを手にした孫氏は、米ヤフーの発掘に成功。ヤフーが上場したことで巨額の含み益が転がり込み、これが後の買収戦略の原資となった。

 ARMの買収も同じである。同社はIoTの分野では主役となる企業のひとつであり、ARMのオーナーともなれば、IoT分野の巨人である米GE(ゼネラルエレクトリック)や独シーメンスといった企業も、孫氏を無視することはできないはずだ。

 今回、IT業界関係者としてはいち早くトランプ氏との関係を強化した孫氏のプレゼンスは今後、さらに高まる可能性が高い。しかも今回、孫氏はトランプ氏と対立している米アップルとの間を仲介するような動きも見せている。

 一連の動きがうまく結びつけば、ソフトバンクは、再びTモバイルUSの買収を実現し、さらにそれ以上の大きな買収案件を獲得できるかもしれない(ちなみにソフトバンクによる買収について反対してきた米連邦通信委員会のウィーラー委員長は1月15日に辞任する)。IT業界は変化が早く、誰も10年後を予測することはできない。

 10年後に重要な立ち位置にさえいれば、案件が自動的に転がり込んでくるという考え方は、計画性がないように見えて実は合理的なのだ。
ハイリスクと引き換えの経営戦略

 孫氏のこうしたやり方に対しては、スタンドプレー型でリスクが大きいと指摘する声もある。確かに孫氏の戦略は大きなリスクと引き換えであり、財務的には常に綱渡りが続く。だが、孫氏は、話題になった企業に脈絡もなく食らい付いているわけではなく、緻密な情報収集を常に行っている。大胆不敵な買収はこうした行為の先に存在している。

 筆者はこの話を想像だけで書いているわけではない。筆者がまだ駆け出しの記者だった時代、ソフトバンクが取り扱う、ある小さな製品について同社に取材を申し込んだことがある。てっきり若手の社員が担当なのかと思いきや、広報担当者が言うには孫社長自身が担当者だという。孫氏は米国の展示会などを小まめに回り、面白い製品やサービスがあると、自分で交渉してその場で契約を結んでくるのだという。

 すでにソフトバンクは株式を上場(店頭公開)して、一連の巨額買収をスタートさせており、孫氏は多忙を極めていた。そのような中でも、こうした小さな案件にも孫氏は目を光らせ、自身の手でハンドリングしていた。

 おそらく孫氏にとっては、当時の小さな案件と3兆円の大型案件には大きな違いがないのかもしれない。自らの手でデューディリジェンス(投資などにおいて案件を吟味すること)を行い、自身の戦略に添って投資をするというポリシーは規模とは無関係だ。

 もっとも、この話は同社における後継者問題とトレードオフになる。社長含みで招聘した元グーグルのニケシュ・アローラ氏は、結果的に孫氏の後継者になることはできなかった。幸い孫氏は59歳と若く、あと10年は問題なく世界を飛び回れるだろう。その間に、どこまでコングロマリットを拡大し、集団経営体制を構築できるかがカギとなる。

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