政治評論家 加藤清隆
 

 朝日新聞社長、木村伊量君との出会いは、私が時事通信のワシントン支局にいた頃です。

 それまで一緒に仕事をしたことはありませんでしたが、ともに早稲田大学の出身で同じ政治部だったこともあり、ワシントンでは家族ぐるみで親しくさせてもらっていました。

 木村君はテニスが好きで、奥さんは全日本アマで上位になったテニスプレイヤーということでした。

 また、大阪フィルハーモニー交響楽団がシカゴに来ることを聞きつけ、一緒にコンサートを聴きに行ったり、九六年のアトランタオリンピックではアトランタ総領事(当時)で共通の友人である宮本雄二さんに招かれて私と妻、娘二人の四人と、木村君は奥さんと義母の三人で数日、一緒に過ごしたこともありました。

 今年の十月二十日に東京のイギリス大使館で大英帝国勲章を授与されることが決まったときも、彼は真っ先に私へ電話をかけてきて「立会人になってほしい」と言ってくれた。

 勲章の授与は彼がヨーロッパ総局長時代、ロンドンに駐在していた縁でしょう。彼がロンドンにいた当時、私の娘をイギリスに留学させることになり、彼には後見人にもなってもらいました。

 家族ぐるみで仲良くさせてもらい、彼とは親友と言ってもいい親密な関係でした。

“あの事件”までは。

 きっと、彼もそう思っていると思います。

 事の発端は、慰安婦検証記事をめぐる私と彼とのやりとりを載せた八月二十日発売の『週刊文春』でした。あの件に関して「加藤は木村を文春に売った」と言われますが、実際に彼とのやりとりを公にしたのは、朝日の慰安婦検証記事が出たすぐあとの「たかじんのそこまで言って委員会」(読売テレビ)の収録の時です。その放送後、マスコミ各社から取材が殺到しました。

木村君からの最後のメール


 取材は全て断っていたのですが、『週刊文春』の記者だけは自宅まで来たので、そのまま帰すのもかわいそうに思い、喫茶店で一時間半ほど話をしました。

 記事ではほとんど使われませんでしたが、基本的に『文春』の取材は「そこまで言って委員会」内の発言に対する確認にすぎません。

 十七社会という政治部長時代の仲間がふた月に一度集まる私的な会合があり、私も木村君もメンバーでした。慰安婦検証記事が出た八月五日にその会があり、三十分ほど早く着いた私はたまたま、彼と一緒になりました。

 そこで私は、彼にこう忠告した。

「木村君、吉田某の証言を虚偽として訂正したなら、きちんと謝罪して社内の処分をしないといけない。それですべてケリがつくわけではないけれども、それくらいしないと大変なことになるよ」

 ですが彼は、「歴史的事実は変えられない。だから謝罪する必要はない」と繰り返すだけでした。

「そんなことを言っていると、君も朝日もいまに大変なことになるよ」と言ったのですが、彼は聞く耳を持ってくれませんでした。その後、二十日発売の『週刊文春』の記事を読んだのでしょう。木村君からすぐに、「勲章の授与式には来ないでくれ。理由はわかってるでしょう」という内容のメールが届きました。

 はっきり申し上げますが、私は彼を貶めてやろうなんて意図は微塵もありません。むしろ、親友として彼を心配して忠告しただけの話なのです。

 結果、朝日は部数は減る、広告も逃げる、ひょっとしたら木村君は国会に参考人招致されるかもしれない、と私の考えていた「大変なこと」がいま、起きている。

 あの時、彼が私の忠告どおりにしていたら、ここまで悪い状況にはならなかったどころか、今ごろは“救世主”になっていたでしょう。

 私は若宮啓文氏や植村隆氏を早期退職させたり、先輩の吉田慎一氏をテレビ朝日の社長に転出させる朝日の人事を見ていて、木村君が「過去の慰安婦誤報を清算する」環境を密かに整えているのではないかと思っていました。

 そして八月五日、検証記事が出た。私は「ついにやった!」と歓喜しましたが喜びも束の間、どこを読んでも謝罪の言葉がない。

 しかも、一面には編集担当の居直りとしか思えないような文章まで載っている。期待していただけに落胆も大きなものでした。

朝日は真相を隠している


 私は昔から木村君との個人的な関係は別にして、朝日を厳しく批判してきました。

 慰安婦問題などおかしいことだらけです。植村記者の捏造記事においても、本来なら朝日ソウル支局の特ダネのはず。それをなぜわざわざ大阪本社から植村記者を呼び、取材させたのか。新聞社の常識からしてあり得ません。意図的な捏造でないとしていますが、私は朝日が真相を隠していると思っています。

 若宮氏は『文藝春秋』(二〇一四年十月号)で、「政治部は訂正したほうがいいと主張していたが、社会部が聞き入れなかった」などと書いていましたが、問題の本質は朝日の慰安婦報道が正しいか正しくないかです。慰安婦問題を社内の派閥問題にまでレベルを下げて議論すること自体、ナンセンスです。もはや報道機関としての体を成していない。

 最近、植村氏が非常勤講師を務める北星学園大学や、朝日の元取締役の清田治史氏が教授を務める帝塚山学院大学に、彼らを辞めさせろという内容の脅迫文が送りつけられて問題となっています。清田氏は脅迫とは関係ないと言いながら、早期退職しました。

 言論には言論で対抗する、それが大原則です。脅迫文を送りつけるような蛮行は言語道断ですが、彼らを擁護する団体「負けるな北星!の会」のメンバーの主張もいかがなものでしょうか。

 中島岳志氏や山口二郎氏の名前を見ただけで、「朝日擁護派」の集まりであることは一目瞭然です。彼らの口から朝日への批判などまず出てきません。朝日を批判する雑誌メディアはけしからんという論陣です。

 彼らが、朝日批判派への反転攻勢の機を窺っているのは目に見えています。彼らのような存在が捏造を三十年以上も放置させ、朝日の傲慢を許してきたのではないか。

 第三者委員会にしてもそうです。朝日批判派が一人も入っていない。そもそも、報道を生業とする新聞社が自身で検証できないのは、ブラックジョークでしかありません。

 ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストは捏造記事を出してしまった際、自分たちで大々的に検証を行いました。

新聞を読む学生は七人


 そんな拙劣な対応ばかりが続き、国会参考人招致への気運が徐々に高まっています。参考人招致は、NHKの籾井会長が会長就任会見での発言を問題にされた例や、九三年にテレビ朝日の椿貞良社長(当時)が日本民間放送連盟の会合内での発言を問題にされた“椿事件”の例などもあり、可能性としてはゼロではない。

 もし木村君、あるいは編集局長が参考人招致されれば社会に相当なインパクトを与え、朝日が大ダメージを受けることは想像に難くありません。

 新聞社の参考人招致は言論の自由に反するというような言説が一部で出ていますが、言論の自由を主張するには誤報した際、直ちに訂正・検証する義務が伴います。言論の自由とは、捏造を放置することまで許す権利ではありません。自浄能力がないにもかかわらず、言論の自由を主張することはできません。

 朝日は意識的か、あるいは無意識かわかりませんが、靖國問題や南京大虐殺、慰安婦など、特定アジア、ことに中国の利益になるような報道ばかりしてきました。

 中国には超限戦(情報戦)という戦術があり、次の三つに分類されているそうです。

①世論戦

②法律戦

③心理戦

 中国はこの三つの分類に沿って、どうすれば日本を貶め、利益をむしり取れるかを常に画策しています。

 朝日はじめ、毎日、共同通信などは超限戦の手助けをしてきたと言っても過言ではないでしょう。沖縄の独立や普天間基地問題などの報道もそうです。沖縄が独立し、普天間がなくなり、どこが一番得するのかといえば、紛れもなく中国です。

 もし、左翼メディアが中国の利益になるとわかったうえでこのような報道をしているとすれば、刑法の外患誘致罪以外のなにものでもありません。 

 私が朝日問題で最も恐れていたのは、読者が新聞業界全体に不信感を持つことです。これがいま、現実になりつつある。

 私の聞いた話では、朝日の部数減だけでなく、読売などの部数も減っているといいます。朝日の部数減は対岸の火事ではないのです。

新聞消滅のシナリオ


 若者の新聞離れは顕著に表れています。私が学校などで講演するとき、学生たちに必ずする質問があります。

「毎日、新聞を読む習慣のある人はいますか」

 数年前、静岡県の中高一貫校で講演した際、約一千五百人の生徒に右の質問をしたのですが、手を挙げたのはたった七人でした。

 彼らは十三~十八歳の若者です。あと十年以内に社会人になる。二十年経てば社会の中心にいる。彼らがそのまま成長していけば、新聞を読む習慣のない人間が社会を回していくことになる。

 新聞を読む習慣は一朝一夕で身につくものではなく、若い頃からの習慣が肝要です。怖いのは、新聞を読まない人は週刊誌や月刊誌、本も読みません。そういう人たちがマス(大衆)になっていくことへの危機感が私にはあったのです。

 そうならないようにするためにも、新聞は相互批判して業界全体を盛り上げていかないと、新聞、あるいは紙の媒体は消滅してしまうのではないか。

 私が時事通信の解説委員長をしている時、新聞協会報にそのことを書きました。なにかしら反響があるのではと思っていたのですが、どこからも反応はありません。新聞業界に私と同じ危機感を持っている人はいないのか、と憤りさえ覚えました。

 私はそういう危機感からも、朝日はきちんと謝罪・訂正をしなくてはいけないと思い、親友として、木村君に忠告をしたのです。

 十七社会のメンバーの一人からは「木村は可哀想、お前が余計なことを言うからこんなことになったんだ」と批判されましたが、では彼とのやりとりを黙っていればよかったのでしょうか。私はそうは思いません。

 朝日から圧力があったのか知りませんが、私の勤めていた時事通信社も「事情聴取したい。応じなければ就業規則違反だ」とまるで警察のようなことを言ってくる始末。これでは何も発言できなくなると「そこまで言って委員会」の朝日問題特集の収録の直前に辞表を出したのです。

 ただし、木村君の事前了承なしにあのやりとりを公にしてしまったことに対しては申し訳ないと感じています。その件についてはメールでお詫びしましたが返信はなく、彼とはそれきりです。

木村君、朝日を変えてくれ


 私は彼に謝罪するつもりはさらさらありません。時が経ち、どこかで偶然会って手打ちになるか、あるいは彼に恨まれたまま死んでいくか、それはわからない。

 木村君と仲違いした私ですが、彼の能力については高く評価しています。「朝日を廃刊に追い込むべきだ」「木村社長は直ちに辞任すべきだ」とする主張がありますが、私は賛同できません。近くで彼の仕事ぶりを見てきましたが、朝日政治部のなかで彼の能力はダントツでした。

 風通しが悪く、上司のご機嫌ばかり伺っているヒラメ記者ばかりの朝日を改革できるとすれば彼しかないと私は思っていたし、いまもそう思っています。

 最悪の対応が続き、いま朝日は滅亡への道を突き進んでいるように見えます。ここまで事態が悪化してしまっている現状では大きな変革は難しいかもしれません。ですが、木村君には朝日の抜本的な改革に命を懸けてもらいたい、それがいま、私が彼に望んでいることです。

かとう・きよたか 1952年、長崎県生まれ。77年、早稲田大政経学部卒業後、時事通信社入り。政治部配属。ワシントン特派員、官邸キャップ、政治部長、解説委員長などを経て2014年9月に退職。現在は政治評論家として活動。拓殖大客員教授。

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