向谷匡史(作家)

 私はかつて、新興教団や霊能者を相手に多くの仕事をした経験がある。

 編集企画会社をやっていたころのことで、書籍や会報、パンフレットの製作などを手がけた。組織運営について助言を求められたこともある。僧籍を得た十年前、教義に従ってこれらの仕事からは一切手を引いたが、運営側から見た経験は、作家として、仏法を説く立場として、私の貴重な財産になっている。
 また週刊誌記者時代、多くの芸能人たちにインタビューした。芸能界は「一夜明ければシンデレラ」という〝オセロ的人生〟が珍しくない。視点を変えれば、努力が必ずしも成果に直結しないということにおいて、常に不安と二人三脚でもあるということだ。芸能人やミュージシャンが新興宗教や自己啓発セミナーなどにハマり、世間の耳目を集めたりするのは、彼らが置かれた立場を考えれば理解できる。

 これまでのそうした経験を踏まえ、以下、私の「体験的新興宗教論」である。新興宗教の定義はさまざまあり、真摯に活動している教団も少なくないが、私が論じる新興宗教とは、「神・仏・霊」を引き合いにする「カルト的・ビジネス的教団」の総称であることをお断りしておく。

 まず、いかにして信者を獲得するか。心理術から見た事例からご紹介しよう。

 東日本某県の仏教系霊能教団で、こんな光景を目にした。線香の匂いが立ちこめる薄暗い一室で、中年女性が男性教祖に切々と夫の浮気について悩みを訴えていたときのことだ。黙って聞いていた教祖がスーッと腕をかざしたかと思うと、女性をピタリと指さして、
「その肩に水子が二体!」
凛とした声に、女性がハッと息を呑む。図星だったのだろう。すがりつくような目で、相談者が教祖を見た。

 この教祖は相談者が女性の場合、「水子が二体!」をやる。外れたら相談者はあきれて二度と来ないが、もし当たったら虜になる。ズバリと言い切るのがポイントで、繰り返していれば何人かは当たる。その上で「供養すれば、あなたは救われる」と展開していくのだ。

 あるいは、都内の神道系新興教団でのことだ。子供の病気相談に来た女性に、初老の女性教祖は神前に手を合わせてから、厳かに告げる。

「5代前のご先祖が、不成仏霊になってさまよっています」

 相談者の顔に安堵の色が浮かんだ。

 ポイントは、病気の原因は「不成仏霊」であって、「あなたは悪くない」にある。「これに相談者は救われるんです」――とは、元広告代理店で働いていたという教団の参謀役の弁である。

 ブラジルはカソリック大国として知られるが、ここに進出した新興教団は「よりよいカソリック教徒になるために」という〝大義〟を掲げて布教した――と、現地に赴いた私に旧知のメディア幹部はあきれてみせた。「ここまでやるか」ではなく、ここまでやるからビジネスとして成立するということになる。

 このほか、「おまえの生き方が悪い!」と罵倒する教祖もいる。〝ストイックな教義〟で精神的に追い込むため、信者を「落とす」(退会)ことが少なくないが、ハマれば熱烈な信者になる。