《いつまでもSMAPの吾郎ちゃんでいてください》
《吾郎ちゃんSMAP中間管理職はあなただけ》

 12月8日、東京新聞は、この日誕生日を迎えた稲垣吾郎(43才)とSMAPへのメッセージで埋め尽くされた。その数、なんと230件。これまでも、同紙の個人広告欄『ToKToK』は、ファンの思い思いのメッセージを載せられる場所として利用者が殺到していた。

 SMAPデビュー25周年記念となった9月9日には84件を掲載。通常、広告欄は紙面の3分の1だが、この日は1面すべて使ってもあふれるほどだった。さらに『世界に一つだけの花』はついに300万枚の売り上げを突破し、ファンの声を集めた署名37万筆を事務所は受け取った。
展示されたSMAPの草彅剛と稲垣吾郎の衣装をスマートフォンで撮影するファンら=21日、「SHIBUYA TSUTAYA」
展示されたSMAPの草彅剛と稲垣吾郎の衣装をスマートフォンで撮影するファンら=21日、「SHIBUYA TSUTAYA」
 年末が近づくにつれ、高まるファンの熱量。だからこそ、2016年の終わりを彼らのステージで締めくくれないことに、動揺を隠せない。『紅白歌合戦』(NHK)にSMAP出場の予定がないことが発表され、NHK側はまだ出場の可能性をあきらめないとしながらも、今なお、調整できていないからだ。

 彼らがデビューした1991年以来、23回にわたって出場してきた紅白は、メンバーたちにとっても特別だった。特に中居正広(44才)にとっては、6回も司会を務めていることもあり、その思い入れは格別。2008年の紅白リハーサルでは、5度目の司会を務める中居へ「もう慣れたのでは?」との質問が飛んだが、彼は、即座にこう返答した。

「慣れないです! これはまあ歌もそうなんですけど(笑い)、毎回ヤバイですね。ホント、ヤバイんですよ(笑い)。5人も、紅白で歌う前って、いつもと違う感じなんですよ。ちょっと、キュッとなるんです。『よし! やろう!』みたいな。ちょっとなんか、手をつないじゃったりするような雰囲気になるんですね…」

 香取慎吾(39才)もまた、過去のインタビューでこう語っている。

「印象に残っている仕事はやっぱり、紅白で初めて大トリになったことです(2003年、『世界に一つだけの花』を歌唱)。初めてそれを聞かされたとき、SMAP全体がざわっとしたんです。本当にいいの?って」

 連続出場、大トリ、司会…今でこそ「紅白の顔」になった彼らだが、それまでには長い道のりがあった。長年紅白を取材してきた記者は言う。

「デビューした1991年に紅白出場というと華々しいイメージがありますが、実際の彼らはおとなしくてあまり目立った印象がなかったんですよね。ただ、当時の囲み取材でも『ずっとバックダンサーをしていた光GENJIさんと同じステージに立ててうれしい』とコメントしていて、いい子たちなんだなあ、と思いました」

 そう、実は1988年と1989年に光GENJIのバックダンサーとして出場経験があった彼らは、場数こそ踏むものの、ブレークに至らない冬の時代にあった。転機は初紅白から3年後の1994年。『がんばりましょう』が人気に火をつけた。

「『なるほど!ザ・ワールド』や『夢がMORIMORI』のテーマソングでもあった『がんばりましょう』がスマッシュヒットしたので、この年の紅白でも演出を派手にしてもらえたんです。私はジュニア時代の、バックダンサーだった頃から彼らを見てきましたけど、このあたりで時代の流れがSMAPとマッチしてきたって、すごく感慨深かったんですよね」(ファン歴26年の女性)
 
 だからこそ、彼らのいない年末が信じられない。

《どんな時もくじけずにがんばりましょう。いつの日にか幸せを勝ち取りましょう》
 
 あの日も今も、その思いは変わらない――。

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