島田裕巳(宗教学者)

 信仰をもたない一般の人間からすれば、なぜあれほど多くの信者が新宗教に引きつけられ、熱心に活動し、さらには多額の献金をするのか、それが理解できない。

 そのために、新宗教の信者は「洗脳」されているのだという憶測も生まれる。新宗教の教団には、それまで信仰を持っていなかった人間を信者に変える特別なテクニックが存在しているというわけである。

 そうした憶測が生まれるのは、一つには、外部の人間には新宗教の内側でどういったことが行われているのか、それが分からないからである。信者に勧誘されたときに、それに乗って、教団の本部でも訪れてみれば、その一端にふれることができるかもしれないが、なかなかその勇気は湧いてこない。

 信者を引きつけるのは、なんといっても新宗教の開祖、教祖の「話術」である。

 たとえば、日本最大の新宗教の教団、創価学会の池田大作氏の場合には、まだ元気で会員の前に姿をあらわしていた時代には、本部幹部会で講演するのが習わしになっていた。その様子は衛星中継され、会員はそれぞれの支部でそれを視聴した。そうした中継は、学会内部では「同報」と呼ばれる。
2008年5月8日、創価学会の池田大作名誉会長(左)を迎える、中国の胡錦濤国家主席
2008年5月8日、創価学会の池田大作名誉会長(左)を迎える、中国の胡錦濤国家主席
 私も、同報を見たことがあるが、1994年に見たときには、池田氏が発揮するカリスマ性にふれたように思った。

 まず、池田氏は幹部会に途中から登場するのだが、そのとき、幹部会の空気も、それを見ている支部の会館の空気も一気に変わる。テンションが急に高まるのだ。

 その上で、池田氏は話をはじめるが、まずは芸能人が多く加入している「芸術部」のメンバーをいじくる。

 「歌いたいなら、歌いなさい」と、冗談めかして、いささか投げやりに促すと、芸術部のメンバーは喜々として歌い出す。

 これによって緊張感は溶け、場の雰囲気が和む。池田氏は、その場の空気を支配しているのだ。

 そして、話のなかで、人材は逆境や障害のなかでこそ生まれると言った後、突然、「創価学会には、一人もいない」と真顔で言い放った。

 壇上の池田氏の横には、当時の秋谷会長をはじめ幹部が並んでいる。池田氏の発言は、そうした幹部であっても、決して有為な人材としては認められないと言っているようなものである。

 こうした幹部批判は、いつもくり返されていることで、会長など相当激しく池田氏から批判されることがあったらしい。

 要は、一般の会員に対する「ガス抜き」でもあるが、それは池田氏がいかに会員のこころをつかむ力を持っているかを示している。

 あるいは、九州に善隣教(かつては善隣会)という中規模の新宗教がある。その初代教祖である力久辰斎とその息子で二代目を継いだ力久隆積氏については、かつてNHKがドキュメンタリー番組を制作している。