山崎繭加(元ハーバード・ビジネス・スクール<HBS>日本リサーチセンター アシスタント・ディレクター)

HBSが行なった教育改革


 ――ハーバード・ビジネス・スクール(以下、HBS)はMBA(経営学修士)教育を行なう世界トップのビジネススクールとして知られていますが、二〇一〇年、インド出身のニティン・ノーリア氏が一〇代目学長になったのを機に、教育カリキュラムの改革を行なったそうですね。どのような背景があるのでしょうか。

 山崎 世界最古のビジネススクールの一つであるHBSでは、二〇〇八年に創立百周年を迎えた際、今後の百年もトップスクールであり続けるために必要な改革について議論が行なわれました。ちょうど二〇〇八年は世界金融危機が起こった年でもあり、ウォール街に多数の人材を送り出していたHBSは、「自分たちの教育は正しかったのか」という深刻な自省に迫られました。ニティン学長による改革が加速した背景には、こうした経緯がありました。
ハーバード大学のキャンパス
ハーバード大学のキャンパス
 ――具体的にどのような改革が行なわれたのですか。

 山崎 これまでのHBSの授業の特徴は、「ケース・メソッド」といわれる教授法にありました。ある組織が抱える課題について記されたケース(事例)を基に、教授のファシリテーションの下、学生たちが互いに議論をして学んでいくというものです。じつに効果的な教授法であるとはいえ、「知識を増やすこと(knowing)」に偏った教育になっているのではないか、という反省も生まれたのです。

 そこで今後は、よりスキルや能力の開発につながるような「実践(doing)の場」を増やすことに加えて、「自分が何者であるか(being)を知る教育」を行なっていかなければならない、という結論になりました。ニティン学長が強調してきたのは、全人格的な教育の必要性です。これまでは頭ばかり動かしていたけれども、実際に体も動かし、心も豊かにするようなバランスの取れた教育をしていくということです。日本の武道の世界で唱えられてきた「心・技・体」の概念に近いのかもしれません。

 ――knowingに加え、doing、beingの力を鍛えるために、どんな方法が採られたのですか。

 山崎 二〇一一年、HBSではこれまでの「ケース・メソッド」に加え、教室を出て自ら経験するなかで学ぶという「フィールド・メソッド」が導入されました。こうした流れと、二〇一一年の東日本大震災が重なって生まれたのが「ジャパンIXP(Immersion Experience Program:どっぷり浸かって経験して学ぶプログラム)」です。東京と東北に一週間ずつ滞在して学ぶプログラムであり、担当教授はHBS唯一の日本人教授である竹内弘高氏です。