童門冬二(作家)×村井嘉浩(宮城県知事)

政治の「原点」を思い出させてくれる本


 村井 今回は尊敬する童門先生と対談する機会をいただきまして、非常に嬉しく思います。童門先生の『小説 上杉鷹山』は私の座右の書であり、このご本を読むことによって、つねに政治家の「原点」に戻ることができます。

 童門 ありがとうございます。上杉鷹山はいまから二百年以上前の米沢藩主(山形県米沢市)で、九州の小藩から名門の上杉家に養子に入り、見事に藩財政を立て直した人物です。『小説 上杉鷹山』は私の代表作の一つであり、私も村井知事と鷹山について語り合えることを楽しみにしておりました。

 村井 童門先生のご本は私に政治の「原点」を思い出させてくれると申し上げましたが、同じく政治家としてのバックボーンになっている経験は、自衛隊と松下政経塾で得たものです。高校まで比較的、恵まれた環境で育った私が防衛大学校に進学したのは「自分を鍛え直したい」という思いからで、防大を卒業後は当然のごとく陸上自衛官に任官し、幹部候補生学校に入校しました。

 童門 幹部学校は久留米(福岡県)のほうでしたか。

 村井 ええ。

 童門 現在、私は目黒(東京都)の自衛隊幹部学校で「徳育」の講義を行なっているのですが、以前は久留米の幹部学校で教えていました。久留米の幹部学校ということは、村井知事は伝統行事である高良山の登山走(標高三一二・二m)も経験されたわけですね。

 村井 はい。ヒイヒイいいながら、何とか登りました(笑)。幹部学校卒業後はヘリコプターのパイロットとして、東北方面航空隊(仙台霞目駐屯地)に赴任しました。これが私と宮城とのご縁の始まりです。その後、一等陸尉に任官し、結婚して子供も生まれ、それなりに充実した生活を送っていたのですが、ちょうど昭和から平成に元号が変わったころ、PKO(国連平和維持活動)への自衛隊派遣問題が起こりました。当時の国会では「小銃は武器なのか、武器ではないのか」といった些末な議論が行なわれていましたが、われわれ自衛官からすれば、机上の空論にしか思えませんでした。

 そんなとき、たまたま目にしたのが、松下政経塾の募集広告だったんです。「志のみ持参」というキャッチコピーを見て、自分にはお金はないけれど、これなら行けるかもしれないと思い、このとき初めて政治家という仕事に強い関心をもちました。

 童門 自衛官の幹部候補生向けの講義を担当した際、防衛庁(当時)から自衛官が行なう誓いの内容を取り寄せてもらったことがあります。そのなかに「身命を賭して」という言葉が書いてあった。先の安保法制をめぐる議論にも関連しますが、「安全な戦場」なんてものは、村井知事の言葉を借りれば机上の空論でしかないことは、当の自衛官がいちばんよく知っています。紛争地に派遣される自衛官は皆、覚悟して現地へ赴くわけですから。