一水会は1972年、右翼の学生運動をしていた人間が中心になってつくられた。僕もその創設メンバーの一人だった。だが、最年長というだけで代表にされた。一水会代表は1972年から1999年まで30年近くも続いた。ただ、余りに勝手なことを言い、勝手なことをやるので右系の内外から顰蹙を買い、大変なバッシングを受けた。それで、一水会は組織を一変し、生まれ変わりを計った。

 木村三浩氏を新代表にし、僕は顧問に退いた。2000年から木村新体制がスタートした。21世紀の右翼・民族派運動だ。僕と違い、木村氏は国際的な視野を持ち、世界中を回り、各国のナショナリストとの連帯も拡げていった。反グローバリズム、反米の闘いも進め、イラクには何度も行った。僕も初めて行った。現地で反戦集会、反戦デモに参加した。

 2003年、木村氏が団長になり36人でイラクへ行った。でも、ここに参加したのは右翼だけではない。元赤軍派議長の塩見孝也さん。ミュージシャンのPANTAさん。お笑い芸人の大川豊さんらも参加していた。この1カ月後の3月18日~21日は、木村氏に連れられてフランスのニースに行った。フランス国民戦線30周年大会に木村氏が招待され、僕もついて行ったのだ。

 この年はタイや北朝鮮にも行った。1970年に日航機「よど号」をハイジャックして北朝鮮に渡った人々とはぜひ会ってみたいと思い、それが実現した。「よど号」グループの一人・田中義三さんはひそかにカンボジアに脱出し、日本帰国への資金作りをしていた。しかし逮捕され、タイで裁判を受けていた。タイでニセ米ドルを使ったという容疑だった。「これは冤罪だ。田中を釈放しろ」という運動が宮崎学さんたちを中心に起こり、僕も何回かタイに行き、田中さんにも面会した。

 木村氏が代表になって一水会は急に「世界の一水会」になった。おかげで僕も海外に出る機会が増えた。木村氏はほかにも、ロシア、インドなど世界をまわり、世界のナショナリストとの連帯を深めていた。僕も、必死に勉強し、なんとかついていこうとした。そんな国際化の中で、深見氏の講演会は行われた。深見氏も木村氏も日本を飛び出して世界で活躍している。その中で二人は知り合ったのだろうか。