ロック・ミュージシャンの場合には、子どもの頃に音楽の才能を示すと、教会の聖歌隊やオルガン弾きにスカウトされ、そこでゴスペルに浸る。

 後に、ヒット曲を飛ばして、スターにのし上がると、世界的にも有名になり、巨額の富を手にすることができるが、その地位を保つことは難しく、精神的に不安定になって、アルコールや薬物に依存することが多くなる。

2006年11月、来日公演で華麗なギターテクニックを見せる
エリック・クラプトン=大阪城ホール(河田一成撮影)
 そのとき、依存症から立ち直るきっかけを与えるのがキリスト教の信仰で、自らの罪深さを自覚することで、神の存在を改めて自覚し、子どもの頃に親しんだゴスペルの世界に回帰していく。

 それが、一つのパターンになっており、一例をあげれば、演劇的なステージを展開するアリス・クーパーや、一時、「ディスコ・クイーン」として名を馳せたドナ・サマーなどが、このパターンをたどった。イギリスのミュージシャンだが、エリック・クラプトンも、その道をたどった。

 さしずめ、覚醒剤の使用容疑で逮捕されたASKAが、日本ではなくアメリカで生まれていれば、この道をたどることで、薬物依存から立ち直ることができるかもしれない。

 日本の場合には、キリスト教が社会的に広まっていないため、神のことを歌うミュージシャンはいないが、アメリカでは、「クリスチャン・ロック」が一つの分野として確立されている。

 日本の芸能人が、宗教に救いを求めようとするのは、やはり、その立場が不安定だからである。今は売れっ子でも、いつか人気を失い、仕事もなくなるかもしれない。売れっ子になって、一度いい目にあっていれば、かえって不安は増大していく。

 しかも、日本の場合には、組織社会であり、多くの人たちがなんらかの組織に所属し、そこに、経済的な基盤を求めるだけではなく、心の拠り所を求めている。

 ところが、芸能人には、この組織が存在しない。芸能事務所は、マネジメントを担ってくれるだけで、通常の組織とは異なる。芸能事務所は、なんとか仕事をとってこようとするが、それも、その芸能人に売る価値がある間のことで、それを失ってしまえば、積極的には仕事を開拓してはくれなくなる。