地層処分の安全性には、地質環境の安定性、人工バリアと天然バリアの機能など非常に多くの要素が関係し、これらが複雑に絡み合っている。そのため、どれか1つの要素で想定が破れても、それだけで安全性が大きく低下するわけではない。また、ある要素が劣っていても、総合的な性能が優れていることもありえるので、個別の要素ごとに合格基準は設けない。

 これまで大多数の地層処分の関係者は、絶対に避けるべき地域以外は、より好ましそうな地域や、より好ましくなさそうな地域について具体的な本音を語ってはいない。一般論として、適切な処分地選定と適切な工学的対策によって、一定の安全基準をクリアする適切な処分場が構築されればよいとしている。各国の地層処分関係者も、ベストの場所を選ぶという発想は不要としている。

敦賀原発で行なわれた専門家による断層調査
=2014年6月、福井県敦賀市(矢田幸己撮影)
敦賀原発で行なわれた専門家による断層調査 =2014年6月、福井県敦賀市(矢田幸己撮影)
 ある候補地が一定の安全基準を満たすということが、100点満点中の何点で、どれだけ余裕のある合格なのか、他の場所と比べてどうなのかは、関係者でも専門分野が異なれば意見が分かれそうである。仮にギリギリ合格レベルであったとしても、反対運動を利することは言わないとばかりに、そうした本音は語られないであろう。このような姿勢では、社会が安全を確信することは難しい。今回の科学的有望地の提示にあたって、高レベル放射性廃棄物の処分地への輸送は海上輸送が好ましく、港湾のある沿岸から20キロメートル以内を「より適性の高い地域」の目安とした点は、良し悪しは別にして、珍しく公けにされた本音であると筆者は受け止めている。

 処分地の選定は3段階の調査によって段階的に進められ、地元の意見も聴き、後戻りが可能とされている。筆者が危惧しているのは、処分地選定や操業の段階が進めば進むほど白紙に戻すことが難しくなるため、その途中で、条件が悪い点が見つかっても、総合的に評価すれば一定の安全基準を満たすというかたちで事業が進められてしまい、少しずつ安全性がないがしろにされていくことである。例えば、活断層がないとされていた場所が断層に直撃される可能性は、地下の調査が進めばわかるとされている。このことは必ずわかるとは限らないのだが、仮にわかったとしても、これまでの原子力発電所の立地や稼働の進め方からすると、「活断層ではない」と押し切ってしまう可能性が高いように思えて仕方ない。

地層処分は魔法の杖ではない


 政府は「高レベル放射性廃棄物の最終処分は、将来世代に負担を先送りしないよう、現世代で取り組むべき問題」として、前面に立って取り組むとしているが、地層処分の処分地が決まっても、将来世代の負担がなくなるわけではない。

 高レベル放射性廃棄物は埋設用の金属容器に格納されても、ある程度の強さの放射線が出ているため、一時的に人間が近づくことはできるが、基本的には遠隔操作で埋設される。しかも金属容器を含めて5トン以上もの重量物を地下深くにまで運ぶので、1日に数本程度しか埋設できない。福島第一原発事故以前の原発の稼働体制であれば、日本が約50年かけて貯めてきた高レベル放射性廃棄物を約50年かけて埋設する計算に相当する。すなわち、処分場が決まったからといって、現存する高レベル放射性廃棄物がすぐに消え去るわけではないのである。

 そもそも高レベル放射性廃棄物は、放射線がある程度弱くならなければ埋設ができず、原子炉から取り出して50年程度は待たなければならない。これは人工バリアの粘土の緩衝材の機能の確保のため、高レベル放射性廃棄物の放射線で発生する熱がある程度まで小さくなることが必要なためである。したがって、我々がこれから原子力発電で発生させる高レベル放射性廃棄物は、50年以上あとの世代に埋設を頼ることになる。