ところでこのマイナス金利への「誤解」を踏まえて、続けて原氏は以下のように記述している。

「政府も国民も高度成長やバブル経済を経て税収や給料が増えることに慣れ、それを前提に制度や人生を設計してきた。
 だがこの25年間の名目成長率はほぼゼロ。ならばもう一度右肩上がりの経済を取り戻そう、と政府が財政出動を繰り返してきた結果が世界一の借金大国である」

 原氏によればアベノミクスは「成長よ再び」に失敗したことになっているので、この名目成長率のほぼゼロという話は、アベノミクスの失敗という誤った印象を読者に与えるにふさわしいものとなっている。

 ところがアベノミクス期間中の名目成長率はゼロより高い。年次名目GDP成長率は、2013年度(対前年比)2.6%、14年度が2.1%、15年度が2.8%である。2016年度は進行中なのでデータは得られていない。ちなみに2014年4月の消費増税実施前で、なおかつ駆け込み需要の影響がなかったアベノミクス実施期間での実質経済成長率をみると2.6%と高い水準になっている(2013年第4四半期の対前年比)。名目経済成長率の上昇も(特にデフレ脱却期間中には)重要だが、もちろん実質経済成長率も同じかそれ以上に重要である。

 要するに、名目経済成長率がゼロ近くにしかならず、日本は低成長から抜け出せない、という原真人氏のシナリオは、アベノミクスの下での日本経済では成立していない。ちなみに筆者の見解では、2014年の消費増税の悪影響がなく、続く世界経済の不安定性がなければ、さらに日本の経済成長率は高かったと思われる。

 まさに「トンデモ」ない日本経済への認識だと思う。さらに原氏は、GDPだけに注目してはだめだという。そのときに彼が例示するのは、日本が「失われた20年」に喘いでいたときでも、若者たちは事実上豊かになっているということだ。「若者たちが当たり前に使う一台8万円の最新スマホが、25年前ならいくらの価値があったか」と、原氏は書いている。25年前なら80万円超の価値があると、それがいまや8万円になっている。

「ただ、この便益の飛躍的な向上は国内総生産(GDP)というモノサシで測ったとたんに見えなくなる。80万円超の大型消費が、統計上はスマホの8万円だけに減ることさえあるのだ」
 原氏のトンデモ経済論はこの記述に極まっている。確かにこのようなGDPの解説では、「見えなくなる」ものがある。25年前なら80万円の価値のあった8万円のスマホを買うことができない若者の存在である。モノが豊富にあっても買うことができない人たちが大勢いれば、その国民の生活は悲惨なものだろう。

 モノを手に入れるには、人々の所得が豊かになる必要がある。所得を豊かなものにするには、働きたい人が働けるような環境がまずは大切だ。ところが原氏の論説には、このアベノミクスの期間中に大幅に改善した雇用状況の話は一切触れられていない。これは非常に奇妙なことだ。