日本の学校にはクラスという閉鎖的なシステムがあり、少なくとも1年間、ほぼ毎日のように同じ人間と顔を合わせ、無理にでも仲良くしなければならない。このクラスを廃止すれば、ある種のいじめはなくなるだろう。クラス制度は今すぐやめるべきである。いじめ研究者の内藤朝雄氏や、社会学者の宮台真司氏なども「学級制度を廃止せよ」と訴えているが、ネットでも「クラスさえなければいいのに」という声はよく耳にする。全くの同意である。

 思春期の生徒たちは、狭い箱の中に押し込められ、「みんな違ってみんないい」というタテマエを教えられるが、そのタテマエが必要なのは、ホンネが全く違うところにあるからだ。みんな個性を尊重して仲良く、なんて、閉鎖的なクラスのなかでは無理である。たとえ気が合い仲良くなった者同士でも、毎日、毎日顔を合わせればケンカくらいするだろう(情熱的な恋愛結婚を経た夫婦だってケンカはする)。気が合わない者同士、バックグラウンドが異なる者同士、分かり合えないこともある。

 にもかかわらず、閉鎖的なクラスの中で、生徒たちは「みんな仲良く」というスローガンを現実のものとしようとしてしまう。仲良くすることを「誰とも衝突してはいけない」と解釈してしまう。衝突を恐れる児童・生徒たちは、周りの光が入らない真っ暗な箱の中で、浮かないように、誰からも嫌われないように、行動を微調整しはじめる。

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 そもそも「みんな仲良く(そして平等に)」なんて、大人社会での嫉妬や暴力、差別の跋扈を見れば不可能なことはすぐ分かる。それでも生徒や教師たちは、「仲良し」の一体感を感じようとするから、特定のターゲットを絞って排除し、かりそめの「仲良し意識」を得てしまうのだ。その手段がいじめである。いじめで得られる「仲良し」意識や一体感などいらないから、クラス制度は廃止し、大学のように単位制にすればよい。

 次は多くの反論が出そうな提案である。学校は馴れ合いの人間関係を身につける場ではなく、勉学を探求する場だということを徹底させるのだ。すなわち「みんな仲良く」のクラスを廃止した上で、定期的に学力テストを実施し、習熟度別のクラスで科目間を移動するような仕組みに変える。

 いじめの件数で最も多いのは「中学1年」だ。これは、小学校からの人間関係が一度崩れ、新たに「仲良く」できそうな相手やグループを探すストレスが関係している。さらにいじめの件数は、そうした人間関係が定着する6月や、学校行事などが集中する2学期に増える傾向にある(調査によって多少の違いはあるが)。