発端は家庭訪問だと被害男児の母親は主張した。教諭は、この家庭訪問の場で母親の祖父がアメリカ人であることを聞き出すや、猛烈なアメリカ批判を展開。「日本は島国で純粋な血だったのに、外国人が入ってきて穢れた血が混ざってきた」と発言したという。この家庭訪問の翌日から教諭による凄惨ないじめが始まった。

 下校前、教諭は男児に「十数える間に片付けろ」と言い、10秒間でランドセルに学習道具を入れることを命じた。それができないと、「アンパンマン」(両頬を指でつかんで引っ張る)、「ミッキーマウス」(両耳をつかんで引っ張る)、「ピノキオ」(鼻をつまんで振り回す)などの「5つの刑」を男児に加えていた。

 この「10カウント」と「5つの刑」は毎日、クラスの帰りの会の時にほかの児童の目の前で行われ、男児は大量の鼻血を出したり、耳が切れて化膿するなどした。また教諭は、「穢れた血を恨め」と暴言を吐き、クラス全員でのゲーム中にも、「アメリカ人やけん、鬼」などとひどい差別発言を繰り返していた。

 あまりのことに、両親は連日学校にやってきて激しく抗議をし、「体罰というよりいじめだ!」と、教諭や校長、教頭に詰め寄った。確かにこれが事実なら、「史上最悪の殺人教師」と報じられたのもうなづける。というより、先にも書いたが、いじめどころではなくれっきとした傷害事件だ。警察に被害届を提出した方がいいレベルである。
※写真はイメージ
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 ところが、当の教諭にとってこの抗議は耳を疑うものだった。全く身に覚えがないのである。当然、「体罰やいじめなどやっていない」と強く否定したのだが、両親は一切聞く耳を持たず、抗議はエスカレートする一方だ。恐れをなした校長と教頭は、事実関係の詳しい調査もせず教諭に謝罪を説得。困り果てた教諭は仕方なしに、両親に対し、「体罰というよりいじめでした」と頭を下げてしまったのである。担任を外された教諭は市教委から停職6か月の処分を受け、「教師によるいじめ」が全国初認定された。

 この処分の直後、教諭は男児に対し「自殺強要発言」までしていたことが判明し、男児は深刻なPTSDを発症したという。このため両親は、男児のPTSDを理由に、03年10月、教諭と福岡市を相手取って、約5800万円の損害賠償を求める民事訴訟を起こした。代理人の弁護士は、前例のない児童虐待事件に憤り、約550人もの大弁護団を結成した。

 ところが、である。こうして鳴り物入りで始まった裁判で暴かれたのは、教諭の常軌を逸した行為ではなく、原告の母親のとんでもない虚言の数々だった。人種差別だと騒ぎ立てたその根拠となった“アメリカ人の血”など全く存在せず、「自分は帰国子女。母親はアメリカにいる」といった経歴も全てうそだった。その上、重度のPTSDと診断されて精神科の閉鎖病棟に入院した男児に、PTSDの症状は皆無だったことがカルテによって明らかになった。

 「帰りの会」で行われたはずのすさまじい体罰やケガを目撃した同級生はだれもおらず、医師による診断書も存在しない。徐々に原告側に不利に傾いていった裁判だが、06年7月、08年11月に言い渡された1審と2審の判決はいずれも、「相当軽微」としながらも教諭の体罰やいじめの一部を認めて福岡市に損害賠償を命じた。ただし、体罰によるケガ、自殺の強要、ひどい差別発言、PTSDについては原告側の主張を退けた。

 どうして一部の体罰やいじめが認められてしまったか。裁判官は、教諭とともに訴えられた福岡市が、すでに教諭の違法行為をある程度認めて懲戒処分を行っていることを重視したのである。刑事事件で例えれば、被告が罪を自白していることになるからだ。さらに、教諭に謝罪を促した校長が、男児の同級生たちに行った非常にあいまいなアンケート結果が、原告側の証拠として認定されてしまったことも大きかった。