1937年のいじめ
「油揚げ事件」


 事件は東京にあった中学(旧制)1年生のクラスで起きた。

堀という生徒が、「あのね、浦川のこと、この頃、『油揚げ」っていうんだってさ。弁当のおかずが、毎日、きまって油揚げなんだって。おまけに煮てない生の油揚げなんだって」
「なんでも、今学期になってから、油揚げでなかった日は、四日ぐらいしかないってさ」
それを聞いたコぺル君は不愉快な思いがした。浦川の隣に座っている山口が毎日、弁当のおかずを盗み見て、仲間に報告していたのだ。
仲間の生徒たちは面白がって、さっそくそのあだ名を広めていった。浦川は、筆記用具を隠されたり、クラスの生徒から馬鹿にされたりすることも多かった。

理由は、彼の恰好がおかしいことや勉強ができないことの他にあった。彼の家は貧乏な豆腐屋だった。同級の生徒は豊かなうちが多く、浦川の貧しさが仲間外れといたずらの対象になっていた。浦川が何をしても怒らないと考え始めた山口の仲間たちは、徐々にいたずらをエスカレートさせていく。
事件は秋のある日に起きた。
11月のクラス会が開かれることになって、出演者を選挙した際に、だれかが「電信」を回してきた。授業中にでも生徒が教師に気づかれないようにそっと送られていく通信のことで、そこには「アブラゲに演説させろ」と書かれていた。山口たちが書いたものだ。
そのうち、山口は文面を読み上げた後、「アブラゲって誰のことだい」と浦川に尋ねた。
山口の仲間はどっと笑った。
浦川の顔色が変わった。「自分の弁当!アブラゲとは自分のことなんだ」
「山口!卑怯だぞ。」 
コぺル君の友だちの北見が山口の頬を平手で打った。それから、取っ組み合いが始まった。北見が山口を仰向けに押さえつけた時、浦川が北見に抱きついた。
「北見君、いいんだよ、そんなにしないでいいんだよ」と、山口を殴ろうとする北見を止めた。
その時に入ってきた、担任の教師は北見に誰が先に手を出したのか、尋ねた。北見は自分だと答えたが、その理由は話そうとしなかった。
担任の教師は、北見と山口とクラス委員の生徒の3人を残して後の生徒はグランドに出した。教師から山口は厳しく叱られていた。コぺル君は浦川のこんな明るい顔を見たのは初めてだった。

 この話は、吉野源三郎著『君たちはどう生きるか』(岩波文庫)の2章「勇ましき友」に紹介されている話である。

 2011年のいじめと1937年のいじめ、時代は変わっても共通のものがいくつかある。違いは、1937年にはいた、いじめられている子を守ろうとする「正義派」の子どもたちが2011年には見えないことだ。