少女像をご本尊と崇める韓国「慰安婦信仰」の実態

『竹嶋渉』

読了まで10分

竹嶋渉(元在韓ジャーナリスト)

 昨年末、釜山の日本領事館の前に、「いわゆる『従軍慰安婦』女性を模した少女像」(以下、「少女像」と呼ぶ)が設置され、この像が日韓間の新たな外交的懸案として急浮上している。この少女像はソウルの日本大使館の前にも設置され、その撤去をめぐって昨年来から日韓間で問題になってきたのは周知のとおりである。

 実は、同種の少女像は日本大使館や領事館の前だけではなく、韓国全土に50基以上も設置され、アメリカ・カナダ・オーストラリア・中国などにも設置されている。韓国国外で設置された少女像は、現地日本人との間に少なからぬ反発を呼び起こしてもいる。しかし、将来に向けてさらに数多くの少女像が設置される見込みである。


日本総領事館前の慰安婦像=韓国・釜山、2015年12月10日
 なぜ、日本の大使館や領事館の前に少女像が設置され、また、なぜ韓国の国内外で少女像がどんどん増殖しているのか。ここでは便宜上、ソウルの日本大使館と釜山の日本領事館の前に設置された少女像のみを考察の対象とする。日本大使館の前に設置された少女像は、2011年12月、慰安婦女性の支援団体である「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」が、毎週水曜日に日本大使館前で行っている「水曜デモ」が1000回に達したのを記念し、無許可で設置したものである。

 その後、韓国の国内外で少女像の設置が相次ぎ、この流れを受ける形で釜山の日本領事館の前にも少女像が設置されるに至る。釜山の少女像は昨年12月28日、釜山の大学生・市民団体によってやはり無許可で設置されたものである。当初、この少女像は当局により撤去されたが、市民からの抗議に屈する形で30日に設置を認めている。設置を強行した市民団体は「日本政府と日本人の反省を促すためにやった」などと主張しているようだが、日本人にとっては日本に対する嫌がらせやストーカー行為としか思えないだろう。

 少女像をめぐる一連の事態を理解するためには、「従軍慰安婦」に対する韓国人の「信仰」を理解する必要がある。現在、韓国で慰安婦像の設置運動を行っているのは、主に元「従軍慰安婦」を支援する市民団体・学生団体である。慰安婦問題が顕在化したのは90年代の初めだが、四半世紀が経過した今、元慰安婦女性は神格化され、慰安婦支援運動は宗教の次元に近くなっている。
絶対に風化させないための少女像

 元慰安婦女性の意思とは関係なく、彼女らは抗日民族運動の象徴となり、韓国内では、その言動を批判したり、支援団体の主張に反する言動を取ったりすることはご法度になっている。韓国内では「小学生(国民学校生)まで慰安婦として動員された」「朝鮮人従軍慰安婦は20万人いた」「軍による慰安婦狩りがあった」などという真偽のほども定かではない言説が堂々と語られているが、これらの言説を公の場で批判するのははばかられる雰囲気である。また、慰安婦支援団体および一部元慰安婦女性の意に沿わないことを著書(『帝国の慰安婦』)に書いたという理由で、世宗大学校の朴裕河教授が刑事告訴され、民事訴訟まで起こされたのは、その好例と言えるだろう。

 しかし、今や生存している元慰安婦女性も残り少なくなっている。さらに、昨年の日韓合意に基づき設立された財団(「和解・癒やし財団」)から、日本政府による拠出金を受け取った元慰安婦女性も相当数にのぼっている(このことについては韓国ではほとんど報じられていない)。

日韓両政府が合意を交わしてから1年、合意に反対する集会で 少女像に自分のマフラーを巻く女性 =2016年12月28日、ソウルの日本大使館前
 もし、元慰安婦女性がすべて他界してしまったり、全員が日本政府からの拠出金を受け取ったりしてしまったら、支援運動のよりどころがなくなってしまう。そうなると慰安婦問題は風化してしまい、支持者の支援もなくなり、韓国国民一般の関心も薄れてしまう。それを防ぐためには、絶対に風化しない、よりどころが必要となる。それが「少女像」なのである。

 このことは仏教における仏像に置き換えると、理解しやすい。仏像は釈迦の生存時や入滅当初には作られなかった。しかし、入滅後には仏教の教理を民衆に広めるという必要に迫られ、仏像はアジア各地で作られていくことになる。少女像もこれと同様である。お気づきの方も多いと思うが、少女像の画像や動画を見ていると、支援者たちは像にマフラーを巻きつけたり、帽子をかぶせたり、傘を差しかけたり、はなはだしくは使い捨てカイロを貼り付けたりしている。お地蔵様によだれ掛けや頭巾をかぶせたりするのと似たような趣向である。少女像が単なるオブジェならば、こうしたことは行わないはずである。少女像が元慰安婦女性に代わる、老化も他界もしない「ご本尊」としての役割を果たしていることのあらわれである。

 この少女像であるが、ソウルでも釜山でも公道上にこうした銅像を建てるのは法律違反である。また、日本政府が繰り返し主張しているように外国公館の尊厳を定めたウィーン条約にも明らかに違反している。慰安婦像はそうした条約や法律を超越した、神聖にして犯すべからざる存在なのである。これに異論をさしはさむ輩は「異端者」「背教者」である。
少女像はすでに宗教的な高みに

 一般の宗教でもそうであるが、信仰に熱心な信者は自分が特に篤い「信仰」の所有者であることを周囲に示そうとするものである。日本ではあまり知られていないが、一昨年の8月12日には一人の市民運動家が「従軍慰安婦」をめぐる日本政府の対応に抗議して、ソウルの少女像の前で揮発油をかぶって火をつけるという事件が起こった。日本ではこうした行為を「焼身自殺」と呼ぶが、これは適切ではない。焼身自殺は死ぬのが目的であるが、これは抗議活動の一種であり、韓国では「焚身(自分の体を燃やす、という意味)」と呼ぶ。この男性は9日後に死亡しているが、韓国のマスコミはこの男性について、まるで抗日運動に殉じた志士のごとく報じていた。遺体が安置された病院には遺影が飾られた祭壇と記帳所が設けられ、遺体は男性の居住地まで運ばれ「民主市民葬」なる葬礼が挙行されている。こうした「殉教者」の出現からも、少女像がすでに宗教的な高みに押し上げられていることが理解できるだろう。

日韓両政府が合意を交わしてから1年、合意に反対する集会に 登場した大型の少女像=12月28日、ソウルの日本大使館前
 日本の一部識者は、未だに少女像の問題を日韓間の問題と捉えているようであるが、すでに事態は日韓政府の話し合いで済む次元の状況ではない。少女像の問題はすでに韓国の国内問題、それも思想信条(信仰)の問題となり、これに政治的な思惑も絡んでさらに解決困難なものとなっている。

 日韓合意の1周年目に日本大使館の前で開かれた抗議集会には、朴元淳・ソウル市長や秋美愛・「共に民主党」代表が参加した。これは何を意味しているのだろうか。言うまでもなく朴市長や秋代表は、朴槿恵大統領と対立する野党系の指導者である。また、朴市長は次期大統領の有力候補でもある。この二人にしてみれば、朴槿恵政権が日本との間で合意した取り決めは日本に対する屈服であり、元慰安婦女性を10億円で売り渡した国辱でしかない。朴市長にしても、秋代表にしても日韓間で慰安婦問題をどう円満に解決するか、などといった腹案など何もないのだが、とりあえず日韓合意をネタに朴大統領を非難していれば、世論を味方につけることができ、自らの政治的立地も強化され、ひいては大統領選挙に出馬する自分や自党の候補に有利に働く、といった計算が働いているのである。朴市長や秋代表だけではない。前回の大統領選挙で朴大統領に敗れた文在寅氏や、後先考えない毒舌で「韓国のトランプ」などと呼ばれている李在明・城南市長も日韓合意を非難し、これを反故にすると公言してはばからない。
朴槿恵大統領でさえ反日と批判

 問題をさらに複雑にしているのが、韓国政府の無能ぶりと最近の反政権運動にともなう朴槿恵政権の凋落である。韓国政府は世論を意識するあまり、日韓合意から1年が過ぎても少女像については何ら有効な手を打つことができなかった。さらに朴槿恵大統領は自身の側近のスキャンダルにより、国会の弾劾決議を受け、現在は職務停止状態である。

 日本では朴大統領は最悪の反日大統領と思われているようであるが、実は韓国ではそうではない。朴政権に反対する野党や左派勢力(自称「民主化勢力」)は何と「朴大統領は親日派である」と主張している。実際に朴大統領が親日的な政策を行ったことなどないのだが、父親が日本軍の将校出身であったことと、朴槿恵政権が今回の日韓合意を主導したため、そうした非難を行っている。そうすることによって自らを反日愛国の闘士としてアピールできるからである。ちなみに韓国において「親日派」は「売国奴」と同義である。朴大統領が完全に指導力を失い、「売国奴」呼ばわりされている現状では、韓国政府に問題の解決を期待するのは難しい。



 日本政府は釜山の少女像設置に対して4項目の対抗措置(大使・領事の一時帰国、日韓通貨スワップ協定協議の中断、日韓ハイレベル経済協議の延期、釜山領事館職員による釜山市関連行事への参加見合わせ)を発表しているが、どこまで効果があるのかは未知数である。

韓国・釜山の日本総領事館前に設置された少女像に 黙とうする女性たち=2017年1月6日
 ちなみに、釜山の領事館前に少女像を設置した市民団体は毎週水曜日に「水曜集会」という名の「記者会見」を行う、と主張している。これは、警察が領事館前のデモの届け出を受理しないための方便であるが、今後、ソウルの日本大使館前でのように「水曜集会」が恒例化する恐れは多分にある。釜山の総領事館関係者によると、1月11日には「水曜集会」こそなかったものの、学生たちが自主的に集まっていたそうである。

 前でも述べたように、従軍慰安婦支援運動はすでに「信仰」の次元にまで昇華され、少女像はその「ご本尊」である。さらには、この少女像が朴槿恵打倒を掲げる反政権運動や、次期政権を狙う大統領志望者らによって政治的に利用されているという事情もある。そして、一方の当事者でもある韓国政府は無能無策である。このような状況下では、少女像をめぐる日韓間の対立が早急に解消されることは望めず、今後も相当な長期間にわたって続くだろうと予測される。また、これ以上、日本側から何らかの打開策や譲歩を示したとしても、少女像が撤去されることはないだろう。日本政府は問題が長期化することを覚悟し、安易な妥協をなさず、これ以上公館の前で少女像が増殖しないよう、断固とした姿勢で臨んでゆくべきだろう。


この記事の関連テーマ

タグ

韓国を信じたら、やっぱりこうなった

このテーマを見る