デービッド・アトキンソン(小西美術工藝社社長)

日本は恵まれた条件を生かしきれていない 


 第24回山本七平賞の受賞作、『新・観光立国論』(東洋経済新報社)の著者であるデービッド・アトキンソン氏は、イギリスより来日して25年。1990年代には、ゴールドマン・サックス社のアナリストとして日本の不良債権の実態を暴くレポートを発表し、注目を集めた。現在は、創立300年余りにわたって国宝・重要文化財などの修繕を行なう小西美術工藝社の社長を務めるという異色の経歴の持ち主である。
 アトキンソン氏は受賞作で、少子高齢化による人口減少が日本の経済成長に及ぼすマイナスの影響について指摘し、「観光こそがこれからの日本を救うもっとも重要な分野である」と位置付けている。元アナリストらしく、各種のデータに基づく分析と提言は説得力に富む。その一方で、観光に対する日本人の思い違いを正している部分には、来日25年の氏ならではの鋭い“日本批判”が感じられる。

聞き手=Voice編集部

効果のある観光戦略を打ち出していない


 ――山本七平賞の受賞、おめでとうございます。

アトキンソン ありがとうございます。

 ――2030年に日本は観光立国として外国人観光客が8200万人になり、50兆円規模の経済効果を上げる、という試算をされています。この数字は「むしろ保守的で、現実よりも少々控えめな数値」(「日本の観光客数はマレーシアの約半分 豊かな『潜在力』を活かせ」『2016年の論点100』文藝春秋)ということで、日本人にとっては心強い限りです。ただ、心配なのは、それだけの成長を支える人材が観光業界にいるかどうかです。もともと観光業界というと、休みが不定期なわりに給与水準はけっして高くなく、一流大学の卒業生の就職先としては、敬遠されがちなイメージがあります。

アトキンソン そもそも観光業界にそれほど学歴の高い人材が必要なのか、疑問に思いますね。衛星を設計したり半導体を生産するわけではなく、接客業ですから。お客さんに観光地まで来てもらって、楽しんでもらえればそれでよいわけです。それこそ政府や自治体には一流大学出身の方もいますので、彼らが大まかな方針や戦略を立てて、管理していけばいいのではないか、という気がします。
家主がいなくなり、道路沿いには老朽化した空き家が並ぶ=2016年2月21日、群馬県南牧村(伊藤弘一郎撮影)
家主がいなくなり、道路沿いには老朽化した空き家が並ぶ=2016年2月21日、群馬県南牧村(伊藤弘一郎撮影)
 ――受賞作では、外国人観光客に向けて情報発信をしたり、集客のためのマーケティングを行なう「地域デザイナー」の必要性を説かれています。そうなると、一定の語学力が必要ですし、マーケティングのセンスも必要です。そうした人材が日本には足りていないのでは?

アトキンソン そうでしょうか。日本には国全体の観光戦略を担う観光庁があり、都道府県、市町村、ほとんどの自治体に観光課があります。東京都には一つひとつの区ごとに、観光に携わる役人がいるんですよ。さらに各地域には観光振興協会があります。ですから、人材が足りていない、ということはないでしょう。もし問題があるとすれば、効果のある観光戦略を打ち出していない、という点に尽きます。たとえば「くまモン」のようなゆるキャラをつくり、イベントを行なうことがほんとうに観光客の集客につながるのか。実質的に、これは日本人同士の“お仲間イベント”にすぎないと思います。

 スキルのレベルアップと成果の検証の話でしょう。たとえば語学力は筋肉と一緒で、使って鍛えられるものです。幼児でもできるものなのですが、観光客があまり来ていないので、語学力も足りていないと思います。

 ――「くまモン」を見て癒やされる日本人は多いと思いますが、外国人には通用しない?

アトキンソン 無理でしょう(笑)。軽い負担で来られるアジアの観光客と違って、遠い国から来る人にはあまり効果はないと思います。じつは日本全国で、観光誘致のための予算は合計3000億円もあるそうです。私も最近知った数字で、少々驚きました。つまり、日本は観光に人もお金も掛けている。しかし、効果が上がっていないのです。こうしたパターンの問題が、日本には多い気がします。

 たとえば、博物館や美術館をつくると、よく“箱モノ”と批判されますが、ほんとうに無駄なのか。たんに、それらを生かせていないだけなのかもしれません。先日、ある博物館に行きました。展示に外国人向けの英語の解説がないかというと、一応あります。しかし、それはたんにローマ字で書いてあるだけで、意味がある文章になっていませんでした。日本でよく見掛ける例です。