「きょどる」に「ディスる」。それって何? 今回の『国語に関する世論調査』の結果を見て、何よりびっくりしたのがこの2つの言葉だった。「国語」担当の論説委員として、街頭や電車の中でも若者の言葉遣いには耳をそばだてる癖がついていたはずだったが、このような言葉に出合ったことは一度もなかった。

 《左表》が示すように「きょどる」は、「使うことがある」が全体の15.6%、「聞いたことはあるが使うことはない」が34.9%で、合わせて50%を超える人がこの言葉を知っていた。ああ、それなのに…。

 「きょどる」の使用は10~30歳代、「ディスる」は10~20歳代といった若者層にほぼ限られ、60歳以上ではさすがに両語とも1%に満たない数字となっている。

 調査項目となった「~る」「~する」形の動詞をいま、便宜的に「る言葉」と名づけるとする(このように命名した国語学者がいたと聞く)と、表に載っている「る言葉」は次のような型に分けることができるだろう。

① 「オノマトペ(擬音・擬態語)」接続型=チンする
② 「外来語」接続型=サボる(サボタージュ+る)、パニクる(パニック+る)、タクる(タクシー+る)、ディスる(否定を表す英語の接頭辞dis+る)
③ 「漢語あるいは漢字」接続型=事故る、愚痴る、告る、きょどる(挙動+る)
*「お茶する」の「お茶」はほとんど和語化しているものの、③に準じるものとして扱ってよいだろう

 言葉の来歴を考えたとき、面白いと思われるのは①の「チンする」だ。

 世論調査は、「電子レンジで加熱する」という意味で「チンする」を聞いたことがあるかないか、使うことがあるかないかを尋ねたもので、70歳以上の高齢者でも86%が「使うことがある」、98%が「聞いたことがある」と回答している。

 電子レンジの出現によって生まれた新語にしては、その普及度に目を見張らざるを得ない。後に示すように大正時代には既に使われていたと思われる「サボる」や「愚痴る」より、使用率が高い(「サボる」は70歳以上で72%、「愚痴る」は同19.2%)。電子レンジが日常生活に密着した電化製品であり、使用する頻度が高いことも影響しているものと思われるが、ふと思いついたのは、どちらかといえば新語を受け入れたがらない傾向が強いとみられる高齢層が、この「チンする」にはほとんど抵抗感を覚えなかったことが関係しているのではないかということだった。

 というのも「チンする」は、電子レンジよりずっと古く、戦前から使われていた言葉だからだ。私なども子供の頃から、祖母や母に「このお菓子、仏壇にお供えして、チンしといて」と頼まれることがしばしばあった。「チンする」とは、仏壇にある小さな椀形の仏具、鈴(りん)を鈴棒でチンと打つことだった。それが現在では、「チンする」の語形はそのままに、「チン」の音だけが電子レンジのタイマー音に変わった(いや、昨今の電子レンジは「チン」ではなくメロディーを奏でるものも多いから、「チンする」の「チン」に「チン」の音がないという、実にチンプンカンの状態となっている)。高齢者が「チンする」をごく普通の言葉として使うようになったのは、もしかすると、耳朶(じだ)や、それにつながる経絡のどこかに昔から使っていた「チンする」の残響があるからかもしれない。

 それはともかく、若者らの間で「きょどる」や「ディスる」といった「る言葉」が次々と生み出されている現状を批判的に捉える声が、高齢者を中心として聞かれる。しかし「る言葉」の生産が何も最近に始まった話ではないことに目を向ければ、一概に批判するのは適切ではないだろう。

 先にも述べたように、「サボる」「愚痴る」は随分古い時代に生まれた言葉だ。

 日本国語大辞典(小学館)は、「サボる」の用例を1925年の『女工哀史』(細井和喜蔵)に拾い、「愚痴る」については1906年の「其面影」(二葉亭四迷)に拾っている。恐らく、これらの言葉が使われだした当初は、「何だ、この妙ちきりんな言葉は」との憤慨も漏れたに違いない。が、そのうちに普及してくれば、言葉に対する違和感も薄れ、はては「サボる」のように外来語由来であることすら忘れ、誰でも当たり前に使うようになる。

 中国文学者の高島俊男さんはその著『お言葉ですが…④』(文藝春秋)で、「英語に『る』をつけて動詞にするのは、われわれ若いころからいろいろとあった」と書き、昭和初年あたりの本には「ニヒる(虚無的になる)」だの「テロる(テロをやる)」だの「ヒステる(ヒステリーをおこす)」だのと、変なのがいっぱい出てくると紹介している。そのような言葉をポンポンと使って友達と議論を戦わす当時の学生の得意満面の様子が目に浮かぶようだ。

 以下、参考までに、そのほかに現在でも比較的よく見聞きする「る言葉」を列記してみた。
 
○ダブる、ミスる、トラブる(以上、外来語由来)
○道化る、皮肉る、湿気る、駄弁る、牛耳る、退治る(以上、漢語由来)
○パクる(「盗む、逮捕する」意=オノマトペ由来)

 そういえば、今では懐かしいが「江川る」(「強引に物事を進める」意)のような人名由来の「る言葉」もあった。

 さて、ここまで「る言葉」について縷々(るる)述べてきたが、「る言葉」のように名詞などを動詞化した「転成動詞」は、実は古典の時代にもあった。動詞化するにあたっては、語尾を「ル」だけでなく「ク」、「フ(ウ)」などウ段の音に変化させている。そんな転成動詞とその用例を、広辞苑から拾ってみよう。

・料る(りょうる、「料理」を活用させた語=料理する)「残暑しばし手毎に料れ瓜茄子(うりなすび)」(芭蕉)
・聖る(ひじる、「聖(ひじり)」を活用させた語=聖らしくふるまう)「若うより聖りて侍りしかば」(沙石集)
・彩色く(さいしく、「彩色(さいしき)」を活用させた語=彩色を施す)「御顔は色々に彩色き給ひて」(栄華物語)
・敵対ふ(てきたう、「敵対(てきたい)」を活用させた語=敵対する)「平家に敵対はれたによつて」(平家物語)
・装束く(そうぞく、「装束(そうぞく)」を活用させた語=よそおう)「いとめやすく装束きて」(宇津保物語)―。

 いにしえの人たちも、自由きままに動詞化を楽しんでいたのだろうか。そうだとすると、現代の若者が「る言葉」を使ったからといって、むきになることもあるまい。ただし、次の一点をおさえていればの話だが。それは、言葉の使用は服装と同じでTPO(時と場所、場合)をわきまえなければならないということだ。とりわけ年齢層によって大きく理解度が異なる「きょどる」や「ディスる」などを使うときは慎重を期す必要がある。TPOへの配慮が欠ければ、それこそ膝頭があらわになったジーパン姿で入社試験に臨むようなもので、非常識で愚かとのそしりは免れまい。
(産経新聞論説委員・清湖口 敏)