東京基督教大学教授 西岡力

『正論』『文藝春秋』で提起したこと


 私が慰安婦問題に関わるようになったのは、22年前の1992(平成4)年のことだ。

 前年91年8月11日付の朝日新聞(大阪本社版)に、「日中戦争や第2次大戦の際、『女子挺身隊』の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦』 のうち、1人がソウル市内に生存していたことがわかり、『韓国挺身隊問題対策協議会』(中略)が聞き取り作業を始めた」という記事が掲載された。筆者は植村隆記者(当時)である。

 この記事が大きなきっかけとなり、91年秋ごろから92年にかけて、朝日新聞を中心に国内メディアは集中的に慰安婦問題報道を展開した。「日本政府は慰安婦に謝罪して補償すべきだ」という各社そろっての一大キャンペーンだった。そこに民間の運動も連動し、91年12月には、植村記事では匿名で紹介されていた金学順さんら元慰安婦たちが高木健一弁護士らの支援により、日本政府に補償と謝罪を求めて提訴した。

 私はソウルでの取材の結果、この慰安婦騒ぎの発端となった植村記事が捏造だと考え、『文藝春秋』92年4月号で、植村記者を名指しで批判した。

 実はその『文藝春秋』発売直前に出た月刊『正論』4月号でも、本特別増刊号再録の「慰安婦と挺身隊と」を書いた。私の最初の慰安婦関連の論文である。『文春』論文のように本格的な調査や取材を踏まえたものではなかったが、①「慰安婦」と「挺身隊」の混同、②「慰安婦の強制連行」はなかったのではないか、③韓国は日本政府に補償の請求はできない――という議論の骨格は同じである。

 慰安婦問題で「謝罪と補償をせよ」と日本政府を糾弾する論調一色だった当時、論壇でそれに異を唱える主張は他にほとんどなかったと記憶しているが、この2つの論文で提起した議論は、「慰安婦」で日本を糾弾する勢力とのその後の論争を通じて正しさが証明されたと考える。

 当時、多くの日本人は、「吉田清治が言う『奴隷狩り』のような強制連行が本当にあったのなら、補償や謝罪を求めるのも一理ある」と考えていた。「吉田清治の『奴隷狩り』」は、朝日新聞が1982年以降繰り返し報じ、今年8月5日に掲載した自社の慰安婦報道の「検証」記事でようやく虚偽と認めた嘘話である。

 その吉田清治の証言には、常識次元での明らかな矛盾があった。彼は自らの体験として、「『皇軍慰問女子挺身隊』の名で朝鮮人女性を慰安婦として狩り出した」と語っていたが、「挺身隊」の業務は勤労奉仕であり、慰安婦とはまったく関係ない。このことは戦時を知る日本人、さらには日本統治を経験した韓国人も実体験として知っていたし、戦後生まれの日本人も歴史を学んでいれば知識として持っていた。ところが、朝日の植村記事は「女子挺身隊の名で連行された『朝鮮人慰安婦』のうち1人」が名乗り出たと書いた。その結果、「狩られたという本人が名乗り出たのだから、吉田証言は真実だったのだ」と日本中が信じてしまったのだ。

 朝日新聞はさらに92年1月11日付の1面トップ記事で、「日本軍が慰安所の設置や、従軍慰安婦の募集を監督、統制していた」ことを示す資料が見つかったと大々的に報じ、「従軍慰安婦」についても、「太平洋戦争に入ると、主として朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した。その人数は8万とも20万ともいわれる」と書いた。

 この解説は、現在、アメリカ各地で建てられている慰安婦の碑に刻まれた「20万人がセックス・スレイブ(性奴隷)として強制連行された」という日本糾弾碑文の原形だが、この報道によって韓国世論は激高し、直後に訪韓した宮沢喜一首相は、強制連行の有無など事実関係を調べることもなしに8回も謝罪と反省を繰り返した。国民の間でも、一種の催眠術にかけられたかのように「慰安婦に謝罪するべきだ」との声が高まっていった。

 私も一時はこうした報道を信じかけたが、調べて始めてすぐに、慰安婦だったと名乗り出た女性たちが実は強制連行されたとは言ってはいないことに気付いた。詳しくは、本増刊号再録の「慰安婦と挺身隊と」に譲る。

戦時を知る世代の怒り


 『文藝春秋』編集部から韓国取材の相談があったのは、「慰安婦と挺身隊」との執筆途中だった。同編集部は、植村記者が、日本政府に謝罪と補償を求める裁判を起こした団体(太平洋戦争犠牲者遺族会)の幹部の娘と結婚していることを掴んでいた。植村記者は裁判を起こした当事者団体の幹部の親族という利害関係者でありながら、裁判を後押しするような記事を書いたことになる。メディアの倫理として問題だ。私の許にも、金学順さんらが起こした戦後補償裁判自体、大分県の主婦が韓国でチラシを配って原告を集めて始まったという情報が入っていた。「不明なことが多すぎる。なぜ突然慰安婦問題が浮上したのかを取材してほしい」という依頼だった。

 だが、先述したように、日本も韓国も「日本政府は慰安婦に謝罪せよ」という空気一色だった。そんな中で、元慰安婦サイドを批判するのには覚悟も必要だった。『文藝春秋』の編集長が「西岡さんと私が世間から極悪な人非人と呼ばれる覚悟で真実を追究しましょう」と言ったほどである。

 一方、この頃、私が編集長だった『現代コリア』という朝鮮問題専門誌の編集部には、「韓国は嘘つきだ」「韓国は嫌いだ」という投書やメッセージが続々と寄せられていた。いまの「嫌韓」の走りだともいえるが、それらを送ってきたのは日本の年長者、つまり戦争当時を知る世代の人たちだった。彼らは「女子挺身隊と慰安婦は別だ。それなのに、『挺身隊の名前で強制連行された』と言っている。嘘つきではないか」と身が震えるほど怒っていた。

 『現代コリア』だけではない。この特別増刊号を企画し、90年代に掲載された慰安婦問題関連の論文を洗い出した『正論』編集部に、その一部を見せてもらった。元日本軍人、慰安婦たちの性病検査をした軍医の家族ら、『正論』のような論壇誌に文章を寄せる専門家ではない人たちの論文が多数あった。今回はその中の僅かしか再録できないとのことだったが、戦前戦中の実情を知っている人たちが、朝日新聞が宣伝する吉田清治的な「慰安婦強制連行」は事実無根であり、戦後生まれの人たちは騙されているのだ――と強い違和感を持って、慣れない原稿を書いて編集部に持ち込んできていたことが分かる。『正論』は、そういう人たちの駆け込み寺になっていたのだ。

 話を92年当時に戻す。慰安婦に同情的な空気が充満する一方で、戦争当時の実情を知る世代の人たちが怒りを募らせているのをみて、私は、このままでは日韓関係は悪化する、とくに日本人の対韓感情は決定的に悪化するだろうと心配になった。早く真実を究明して日韓両国民に広く知ってもらうべきだという思いが強まり、2本の論文執筆の動機となった。両論文の冒頭には、いずれもこの懸念について触れた。それから20年が経過し、日韓関係が極めて感情的に反発しあっている現状をみると、このときの懸念も故なしではなかったと改めて思う。

 考えてみれば、元慰安婦たちも「挺身隊の名で強制連行された」とは言っていなかった。金学順さんも、植村記事掲載直後の韓国メディアとの会見や裁判の訴状では「挺身隊」とも「強制連行された」とも言っていなかった。しかし、彼女たちがそう証言しているかのように朝日新聞が報道した結果、彼女たちを誤解し、対韓感情を害する日本人が増えてしまったのだ。吉田証言報道を誤報だと認めた朝日新聞は、木村伊量社長が9月11日の謝罪会見の場で、慰安婦報道が日韓関係の悪化にどう影響したのか第三者組織を起ち上げて検証すると表明した。しかしこのことだけをみても、朝日新聞の責任は明らかである。

歴史捏造の恐ろしさ


 「慰安婦強制連行」の虚構に反発せず、信じてしまった多くの日本人がいた理由も考えておきたい。私は、その背景にも朝日新聞の存在があったと考えている。1970年代、朝日新聞は本多勝一氏の『中国への旅』を掲載し、「南京大虐殺」をはじめ、日本軍が中国大陸で残虐の限りを尽くしたと報じた。日本軍の「悪行暴き」はその後も続き、当時を知らない戦後生まれの世代に「日本の軍人は虐殺や残虐行為をする人たちだったのだ」と刷り込み続けた。その結果、自虐史観や日本人としての罪悪感に囚われた人たちが、「そんな残虐非道な日本軍人であれば、『女狩り』をやっていたとしてもおかしくない」と信じるのも無理はない。多くの日本人はこうして「慰安婦強制連行」という嘘話を無批判に受け入れたのではなかったか。

 私は当時を知る人たちとの接触があったので、比較的早く、「慰安婦強制連行」の虚構に気付くことができた。日本人だけではない。『文藝春秋』の依頼で92年2月にソウルで取材したところ、当時を知る年長者たちは口をそろえて「強制連行などなかった」と語った。特に、李命英・成均館大学教授の体験を聞くに及んで、私は「慰安婦強制連行」は虚構だと確信した。

 李先生は、現在は北朝鮮となった咸鏡南道北青(プクチョン)出身で、北朝鮮が共産化された後に韓国に脱出した。北朝鮮問題の大家で、私の師匠でもある。取材に訪れると開口一番、「君、慰安婦の強制連行などなかったんだよ」と言い、日本の敗戦直後の次のような出来事を語ってくれた。

 李先生の父親は医師で、北青にソ連軍が進駐してきたとき、小学校の日本人校長から手紙で秘かに相談を持ちかけられた。北青にいた日本人は、その小学校に集められ、男女別に教室に入れられていた。校長はソ連軍の隊長から「若い女を出せ」と命令され、地元の名士同士で交流のあった李先生の父親に助けを求めてきたのだ。

 偶然にも、李先生の父親の病院に、ソ連軍の隊長が診療を受けにきた。満州でレイプをしたらしく性病に罹患し、軍医にかかると出世に響くのでこっそりと民間の病院に来ていたのだ。李先生の父親が、その隊長に「日本の女性は貞操観念がなく、危ない。着物の帯もすぐに枕として使えるようになっているほどだ」「安全なのは性病の検査を受けているその道の女性だ。そういう人たちにしなさい」と話すと、隊長はそれを信じ込み、「若い女を出せ」という命令は取り消しになり、花柳界にいた女性を探すことになった――。

 当時京城帝大の医学部に在籍し、病院の助手をしていた李先生は、隊長の治療をしながら父親の話を聞いていたのだという。

 もし朝鮮半島で日本軍が「慰安婦狩り」のような酷いことをやっていたとしたら、その日本人校長は朝鮮人に助けを求めようと考えただろうか。またいくら医者であっても、李先生の父親は嘘話でソ連の軍人を脅してまで日本人を助けただろうか。

 李先生の父親は、日本統治に積極的に協力した「親日派」ではなかった。李先生は旧制高校時代、父親から日本の陸軍士官学校に行けと言われていた。それはそこで軍事技術を学ばせ、その後、中国や満州でゲリラ活動をしていた「独立軍」に参加させようと考えていたからだった。父親は日本と軍事的戦争をしてでも朝鮮独立を成し遂げたいと考えていたのだ。にもかかわらずその日本の女性が理不尽にソ連軍にレイプされることは許さなかった。吉田清治が言っていた「奴隷狩り」のような慰安婦強制連行があったとは到底思えないのだ。

 その李先生は、北朝鮮の工作により、1980年代から歪んだ韓国現代史の見方が広がっていることを懸念されていた。北朝鮮は親日派を処断し、中国やソ連とも一定の距離を置いて「自主の国づくり」を進めたのに対し、韓国は親日派を処断せず、さらには親日派の朴正煕がクーデターを起こして政権を掌握して親日派の国になってしまった――という「反韓史観」である。その歴史観によれば、経済的には韓国は見せかけの繁栄はしているけれども、民族主義の立場からすると、国家としての正統性は北朝鮮にあるというのだ。

 民主主義国家として先進国の仲間入りも果たした韓国よりも、独裁世襲体制下で住民が密告・監視の恐怖に怯え、大多数が飢餓と貧困に苦しむ北朝鮮を評価する論理の倒錯は説明するまでもない。だが、朴槿恵大統領が反日強硬姿勢を止めることができなくなっているのも、この反韓史観の蔓延が背景にある。「おまえの父親・朴正煕大統領は日本の陸軍士官学校を卒業した親日派だった」と批判されることを恐れているからであり、韓国発展の大功労者である朴正煕氏でさえ「親日派」として否定する歪んだ歴史観に正面から反論できず、迎合しているのだ。

 こうしてみると、日本と韓国のそれぞれの歴史を否定する歴史観によって、両国関係が悪化してきたことが分かる。北朝鮮と中国という全体主義勢力と一致して対峙せねばならない自由主義陣営の亀裂を目論む勢力が、ほくそ笑んでいることだろう。

2度の論争を経て


 その後、92年5月1日発売の『正論』6月号に、歴史的論文が掲載された。秦郁彦氏が、吉田清治が「慰安婦狩り」を行ったと証言していた韓国済州島での調査結果を発表したのだ(正論11月号・12月特別増刊号に再録)。その内容は4月30日付の産経新聞でも紹介された。そして河野談話が出された93年にかけて、『正論』『文藝春秋』『諸君!』(休刊)が、朝日新聞など「慰安婦強制連行・日本糾弾」派の主張は事実と違うという議論を積極的に発信し、専門家レベルでは日本糾弾派も吉田清治の証言は使えなくなっていた。一方で、テレビなどでは依然として吉田の証言映像が無批判に流されていた。

 慰安婦問題の調査を行っていた日本政府は、募集に「強制」があったことを認めるよう韓国から要求されていた。ところが、当時の資料をどれだけ調べても強制連行したという事実は見つからず、困った挙げ句に、「本人の意思に反していれば『強制』だ」という論理を開発して、93年8月4日に河野談話を発表した。さらに河野洋平官房長官は会見で、談話では認めていなかった強制連行について、「そういう事実があったと。結構です」と発言した。慰安婦の強制連行があったことを日本政府が認めて謝ったとの誤解を生むのも当然だった。

 つまり、専門家同士の論争では強制連行否定派が勝っていたのに、広報戦・世論戦・外交戦に負けたために、人類史上に残るほどの大罪を日本軍が犯したかのような印象がその後さらに拡大してしまったのだ。

 日韓関係では、「強制を認めればお金は要らない」と言っていた金泳三政権の要求に屈して河野談話を出したことで外交的に決着し、韓国政府が元慰安婦の女性たちの生活補助にも乗り出して問題はすべて落着したかのように思えた。ところが、村山政権がアジア女性基金をつくり、元慰安婦一人一人に「償い金」と日本国総理大臣の謝罪の手紙を渡すという方針を決めたことが新たな火だねとなった。「償い金」は、日韓基本条約締結時に補償問題は決着していることから、原資には国民からの寄付をあてた。これに対し、韓国の慰安婦支援団体は「国民からの寄付では日本政府が本当に謝罪したことにならない」と批判し、元慰安婦らに「償い金」の受け取り拒否を押しつけた。

 96年12月には「新しい歴史教科書をつくる会」が設立され、97年4月使用開始の中学校の全歴史教科書に「慰安婦強制連行」が記載されることを問題視したことで再び論争が活発化した。産経新聞も教科書の自虐的記述を批判し、「慰安婦強制連行」説に明確に反対し始めた。ようやく国内では、公権力による組織的な慰安婦強制連行は証明されてないということが広く理解された。教科書の慰安婦強制連行の記述も次第になくなっていくプロセスとなり、正常化に向かっていったのである。

「性奴隷」はまったくのデマ


 一方、大きな油断もあった。この間に、「日本は朝鮮人女性を強制連行して性奴隷にした」などという酷い誤解が国際社会にこれほどまでに広がっているとは思ってもいなかった。「性奴隷」が広まるきっかけとなったのは、周知の通り、1996年に国連人権委員会(現在は理事会)に提出された「クマラスワミ報告」である。では「性奴隷」とは誰が言い出したのか。これも『正論』で最初に報告したのだが(2012年5月号)、調べてみると、実は戸塚悦郎という日本人弁護士だったのだ。

 詳細は、本特別増刊号のクマラスワミ報告に対する日本政府「幻の反論書」の解説を参照していただきたいが、戸塚弁護士は我々が日本国内で激しい論争をしていた92年からクマラスワミ報告が出る96年までの間、ほぼ3カ月に1度のペースでジュネーブの国連人権員会を訪れ、「セックス・スレイブ(性奴隷)」という言葉を持ち込んでいたのである。

 ジュネーブの人権委員会は、国家間外交の舞台であるニューヨークの国連本部と違ってNGOにも発言権があり、NGOと外交官たちのミーティングが頻繁に開かれている。慰安婦問題で特別報告者(調査官)に任命されたスリランカ人のクマラスワミ女史は日本問題の専門家でも朝鮮史の専門家でもない。英語の資料しか頼るものがない彼女に、ジュネーブに集まるNGOが資料を渡していたのだ。言うまでもなく、彼らは慰安婦問題で日本糾弾を目論む勢力である。報告をみれば、それらがいかに信憑性の低いものであるかが分かる。

 日本政府は当初、慰安婦の強制連行や虐殺、さらには「セックス・スレイブ」という用語が入った報告書に徹底反論する文書を用意しながらなぜか撤回し(「幻の反論書」)、報告書は「テーク・ノート(留意)」という低い評価ながら採択されてしまった。そして日本軍慰安婦は性奴隷」というレッテルは国際社会に広がり、2007年にはアメリカ連邦議会の下院で、「セックス・スレイブ」という言葉で日本を非難する決議がなされるに至ったのだ。

 では慰安婦は本当に「セックス・スレイブ」だったのか。「スレイブ」、つまり「奴隷」とは、主人の所有権の対象になるということだ。しかし、日本社会には長い歴史を通じてそのような奴隷制は存在しなかった。貧困のための身売りも、借金返済のためだった。女性が身売りされて遊女となっても、決まった年季が明ければ廃業できた。身請け制度もあって、誰かが借金を帳消しにすれば廃業できた。雇用主からみて遊女は所有権の対象ではなかったのだ。欧米のように自由人や農場主が奴隷を完全に所有し、売買するような身分制度はいつの時代にもなかった。

 しかも日本軍の慰安所は民間人が経営し、貧困のために売られた女性が働き、お金を返せば廃業できた。民間の私娼窟よりも衛生管理が徹底され、経営者が搾取しないように官憲が目を光らせ、慰安婦が誘拐された女性ではないかということまでチェックしていた。「性奴隷」というレッテルは、こうした日本の歴史や文化、慰安所の実態を無視したデマに過ぎない。

吉田証言を報じた朝日記者の心性


 いま、日本では嫌韓感情が高まっていて、韓国は「しつこい」「ウソつきだ」と批判する人が増えている。しかし、これまで述べてきた慰安婦問題の経過からすると、慰安婦を問題視し続けてきたのは韓国の側だと批判することはできない。朝日新聞が、慰安婦の強制連行があったと書くまでは対日外交交渉で取り上げたことはなかったし、韓国のマスコミもほとんど報道しなかった。朝日新聞が火をつけて、日本人が韓国にまで行って原告を募集して裁判を起こした後、外交問題になったのである。日本が河野談話を出すと、韓国政府は2011年までは外交問題にしなかった。

 ところが、日本人が国連を媒介にして「セックス・スレイブ」というデマを広めた結果、アメリカの連邦議会まで対日非難決議を出した。勢いづいた韓国の運動団体が、韓国政府が日本政府に補償を求めないのは憲法違反だとして提訴し、2011年に憲法裁判所が違憲という判決を出した。そのため、韓国は再び外交問題として取り上げ始めたのだ。

 慰安婦問題での韓国の対日攻勢は、韓国の問題だと批判するだけで済ますことはできない問題なのだ。日本の中の反日勢力が悪意を持って歴史問題を利用して日本を叩き、国際社会の一部がそれを利用して日本の弱体化、地位低下を謀っている。中国共産党が組織的に世界中で反日ネットワークを作っていることは、かなり知られてきた。「歴史戦争」「歴史戦」と呼ばれる現在の対日国際情報戦・世論線の構図でもある。最も根本的な問題は、日本の中に「戦前の日本の姿が悪ければ悪いほどいい」と考える勢力があり、その「悪しき過去」に日本は向き合っていないと世界中で批判して回っていることなのだ。ほかならぬ日本人が言うのだから、日本政府には確かに問題があると国際社会が受け取るのも無理はない。

 朝日新聞で慰安婦問題を取り上げた記者たちの中には、そうした反日勢力と共鳴する心性の持ち主が間違いなくいる。吉田清治の証言を取り上げた朝日新聞の一連の報道の中で、強く印象に残る記事の1本は、1992年1月23日夕刊の北畠清泰論説委員のコラム「窓」だろう。「国家権力が警察を使い、植民地の女性を絶対に逃げられない状態で誘拐し、戦場に運び、1年2年と監禁し、集団強姦し、そして日本軍が退却する時には戦場に放置した」と吉田の証言を紹介し、「私(西岡補;吉田)が強制連行した朝鮮人のうち、男性の半分、女性の全部が死んだと思います」とまで書いた。

 その北畠氏は91年、大阪本社企画報道室長として「女たちの太平洋戦争」という通年大型企画を手がけていた。この連載をまとめた単行本の「あとがき」に、氏はこんなことを書いている。

 「大戦時の異常さを、ひそかに懐かしんでいる者が、この社会のどこかに身をひそめていないか。/一般社会の階層秩序が通用しない軍隊なればこそ、人を遠慮なく殴打できた者。平時の倫理が無視される戦時なればこそ、女性の性を蹂躙できた者。…」

 この文章からうかがえるのは、過去現在を問わぬ日本人への妄想まじりの不信と嫌悪である。日本の「悪行」を暴き立て、告発することでしか、そのネガティブな心根を満たすことができない。そんな「反日的日本人」像が浮かび上がる。彼にとっては、吉田清治の証言の真偽など二の次だったのかもしれない。

歴史戦争の勝利は内なる「敵」の退治から


 その朝日新聞も、8月5日と6日に自社の慰安婦報道の「検証」特集を掲載して、吉田証言は虚偽だったとし、慰安婦と挺身隊の混同も認めた。「検証」せざるを得なくなった理由については、「一部の論壇とネット上」で「『慰安婦問題は朝日新聞の捏造だ』といういわれなき批判が起き」、「元慰安婦の記事を書いた元朝日新聞記者が名指しで中傷される事態」になっているからだとした(8月5日付1面「慰安婦問題の本質、直視を」)。

 論壇で朝日新聞の慰安婦報道を批判し続けてきたのは『正論』だけである。90年代前半には共同歩調だった『文藝春秋』は90年代後半から積極的でなくなった。『諸君!』も2009年に休刊している。「慰安婦問題は朝日の捏造」という一文は真意不明だが、『正論』で、私をはじめ多くの識者が「朝日の誤報・捏造報道が慰安婦問題に火を付けた」と批判し続けてきたことは確かである。

 アメリカ各地に慰安婦像を建立するなど韓国の「したい放題」の反日宣伝に国民の怒りが高まる中で、その原因の一つが、「慰安婦狩り」の虚報をはじめ朝日新聞の誤報や捏造報道にあるという理解が広がり、多くのメディアが今年に入って朝日新聞に公開質問状を出し始めた。最初に公開質問状を出したのも『正論』であり(2013年7月号)、質問も私が編集部と相談しながら作ったものだった。

 「記者が名指しで中傷されている」という点についても、植村記者の捏造報道を最初に指摘し、22年間批判し続けてきたのも私である。この杉浦信之・編集担当取締役(当時)の文章は、私や『正論』への挑戦だと言える。

 「検証」の内容も、植村記事に「事実のねじ曲げはなかった」という「事実のねじ曲げ」をしたのをはじめ、自己正当化が大部分であり、吉田清治というウソつきに朝日新聞も騙された、産経も読売も騙されていたではないかという責任逃れ、隠蔽、誤魔化しだらけであることは、私も『正論』10月号や11月号で批判してきた。

 この22年間を振り返って言えることは、日本の敵は外だけではなく、国内にもいたということだ。慰安婦問題で「いわれなき批判」「名指しの中傷」を浴びているのは、朝日新聞ではなく日本である。日本国内にいる反日勢力に打ち勝たなければ、日本への「いわれなき批判」は解消できない。

 朝日新聞がいかに事実を歪曲し、捏造してきたのか。そのことを問い続けて国際社会で日本が不当に貶められている責任を朝日に認めさせない限り、日本の名誉回復はないと改めて思う。

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