廣瀬陽子 (慶應義塾大学総合政策学部准教授)

 最近、ISIS(「イスラーム国」)の動きが世界を脅かしている。米国のオバマ大統領が、国連総会で「人類が直面している脅威又は課題を数え上げるに、一番目にはエボラ出血熱を挙げ、これは妥当だとして、二番目にロシア連邦を挙げ、三番目にやっとISISを挙げた」ことを、ロシアのメドヴェージェフ首相が揶揄し、「何か(オバマ氏の)脳に異常があるんじゃないのか」と述べたことは色々な含みをもって報じられた。ウクライナと一応の停戦状態を維持しているロシアをISISより恐れている米国への嘲笑、そして、公に「脳に異常」などという発言をするメドヴェージェフ首相の品位への疑問などがあろう。

 いずれにしても、この発言からもやはり世界の脅威として、ロシアとISISが強く認識されていることは間違いない。本稿ではこの二つの世界の脅威、ロシアとISISの関係を探ってみたい。

「ISIS(イスラーム国)」とは


 最近、毎日ニュースで報じられるISIS。それはもちろん、国家承認を受けた正式な主権国家ではない。2014年6月29日に、その最高指導者アブ・バクル・バグダディが樹立を宣言したシャリア(イスラーム法)に基づく、スンニ派のカリフ(イスラーム教開祖・ムハンマドの正統な後継者)制を掲げる自称のイスラーム「国家」である。そして、バグダディはカリフを自称している。同「国」は、英語でISIS(The Islamic State of Iraq and al-Sham 、ないし、The Islamic State of Iraq and Syria)やISIL(The Islamic State of Iraq and the Levant)と呼ばれている。レバントとは、地中海東部の沿岸地域を意味し、ISISよりISILの方がより広範な国家ということになり、最終的にはレバントまで至る領域での国家樹立を目指している。

 ISISの母体は、2003年のイラク戦争後に結成されたアルカイダ系過激派組織だと言われているが、反欧米ジハードを掲げて活動を続け、2011年に拡大したシリア内戦に参加するとシリアや周辺国のスンニ派武装派と共闘しつつ急速に勢力を拡大した。その頃から、イラク・シリアを領土とするイスラーム国家樹立を目指すようになり、アルカイダとも方針の違いから分裂し、2014年にあっという間にイラク・シリアの広い範囲を勢力下に収めた。

 本稿では詳細には触れないが、残虐な手段での殺害や処刑、拷問、誘拐、女性の売買・戦闘員との婚姻の強制・性奴隷化など多くの反人道的行為を繰り返している。米軍の空爆を受けてもなお、強い勢力を維持しており、もはやISIS関連のテロは欧米にまで波及しはじめている。

ロシアの立場とイランとのタッグ


 それではISISに対してロシアはどのような立場をとっているのだろうか。ロシアは一貫して、ISISに対しては強く批判する姿勢をとっている。それは、ISISがイラクのみならず、ロシアが支援してきたシリアのアサド政権をも脅かしているだけでなく、後述の通り、イスラーム運動の拡大はロシア自身にとっても深刻な脅威となるからだ。

 だが、ロシアは米国主導のISIS政策には反対する一方、イランとは協調路線を維持してきた。特に、米国によるISISに対する空爆には激しく反発している。

 たとえば、9月19日に国連安全保障理事会で、ISISを批判する議長声明が出されたときにも、ロシアとイランは共に、ISISへの強い懸念を表明する一方で、米国のシリア領内での空爆には反対姿勢を示した。イランのアラグチ外務次官は、「地域の窮状を救う真の主導権は地域内から出てくるべきもので、地域間の協調も必要」と述べ、ロシアのチュルキン国連大使も、「国際的な対テロ作戦には、主権国の了承ないし安保理の承認が必要で、それ以外の方法は、国際社会や地域の安定を揺るがす」と主張した。

 ロシアとしては、米国の世界政治における「横暴」を防ぎたいだけでなく、米国による空爆が対ISISという目的を超えて、ロシアが支援してきたアサド政権の勢力圏などで行なわれ、結果、アサドを失脚させることにつながることを危惧しているのである。

 その一方で、9月22日にロシアのプーチン大統領は政府の安全保障会議に出席し、ISISへの対策を、国際法の枠組みの中で、他のパートナーと連携する可能性についても検討したが、その結論や具体的にパートナーとしてどの国が想定されたのかなどは明らかになっていない。

ISISで活躍する旧ソ連出身者?


 このようにロシアは米国には反発しているものの、やはりロシアにとってもISISが脅威であることは間違いない。

 実は、ISISではロシアから約500人が参加していると言われている。しかしその戦闘員の出身や実情は不透明だ。

 たとえば、チェチェン出身者を中心とする北コーカサスのイスラーム過激派は、シリアの内戦にはかなりの数が参加しているとされる一方、ISISへの参加については様々な見解があり、実態は不明である。

 他方で、ISISではロシアや中央アジア出身者が主要な役割を果たしているという議論もある。真偽は定かではないが、ISISの二つの拠点であるイラクとシリアのうち、シリアISISの主要メンバーのほとんどが旧ソ連出身者だと言うのである。「クルディスタン24」通信社は、それらの最大80%が北コーカサスと中東ヴォルガ地方の出身者で、残る20%は中央アジアの出身者で、彼らはアラビア語よりも頻繁にロシア語で会話をしていると報じている。

 イスラーム過激派に限らず、北コーカサス各地からのISISへの参加が増えていることは、確かに様々なメディアでしばしば報じられている。加えて、南コーカサスのアゼルバイジャンからも戦闘員が参加していると報じられており、首都・バクーでISISの旗を振って同運動を広めようとした者が逮捕されたりもしている。

 そして、中央アジア出身者の増加が顕著になっているとも言われている。何故なら、中央アジアは国境管理が緩いので、中央アジアがISISへの移動ルートとして利用されることが多く、また、ISISの戦闘員になると、中央アジアの人々がロシアで労働移民として得られる賃金よりも2倍以上の稼ぎができることも中央アジアの人々の参加の要因となっているという。

ロシアに対する宣戦布告


 さらに、ロシアを震撼させているのがISISの野戦司令官によるロシアに対する宣戦布告である。その野戦司令官は、タルハン・バチラシヴィリ、通称:オマル・アル=シシャニである。チェチェン人と報じられているが、本名からするとグルジア系であろう。

 アル=シシャニはイスラーム戦士1000人をつれてモスクワに復讐すると宣言している。ISISは既にイラクでの目的をほぼ終えつつあり、次はロシアをターゲットに据えているという。その宣言に先立ち、ISISはインターネットでもロシアに対する宣戦布告をしていた。同ビデオでは、戦闘員たちがシリアのラッカ空軍基地で奪取したというソ連製の戦闘機のコックピットに座ったり、機上に立ったりして、その一人がプーチンに対し、チェチェン及びコーカサスを解放して、イスラームのカリフ制国家を建設すると宣言しているのである。

チェチェンとISIS


 チェチェンといえば、現在はプーチンの傀儡的存在であるラムザン・カディロフによる恐怖政治で事実上の安定が維持されているものの、ロシアからの独立を宣言し、事実上の未承認国家であった「チェチェン・イチケリア共和国」との二度にわたる紛争を経験するなど、ロシアにとって常に悩みの種であった。

 「チェチェン・イチケリア共和国」は2000年以降、政府の体を成していないが、2007年には第5代「大統領」の故ドク・ウマロフが北コーカサスの広範囲を領土とする「カフカース首長国」の創設を一方的に宣言し、自身はアミール(首長)を名乗り、ロシアに対して多くのテロを実行してきた。また、カディロフの強権政治によって、チェチェンの過激派のほとんどはダゲスタンをはじめとした北コーカサスの近隣諸国に移動し、テロ行為を続けているという事実もある。

 このようなただでさえイスラーム過激派によって不安定化している北コーカサスにISISの影響が加われば、ロシア政府にとって大きな脅威になることは間違いない。

 なお、この宣戦布告に対し、カディロフはISISを見事に武装した破壊工作団であり、その目的はイスラーム教徒の殲滅にあると称した上で、ISISを支援しているのは米国CIAなど西側の特務機関に他ならないとまで言い(もちろんこのような証拠はなく、政治的な意味合いが深い発言だろう)、もしISIS勢力がチェチェンに侵攻してきた場合には殲滅すると警告している。さらに、チェチェンの青年たちもISISに対する抗議行動などを繰り広げており、国を挙げてISISに反発している。ちなみに、ウマロフの死を受けて、自称「カフカース首長国」第二代首長に就任したアリー・アブームハンマドことアリアスハブ・ケベコフは、自身の戦闘員に対し、ISISに関する全ての戦闘への参加を禁止している。

協力態勢を模索する米ロ


ISIS //
パリで会談する米ケリー外相と露ラブロフ外相。対ISISで情報共有するが…
( 写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
 このように、ISISはロシアを含む、世界にとっての共通の脅威であることは間違いない。冒頭で述べたように、オバマ大統領はISISより「ロシア」のほうが脅威であるかのような発言をしたが、実際は米国がロシアに対し、ISIS対策での協力を提案した。

 ウクライナ危機で米ロ対立が一層先鋭化するなかで、10月14日、米国のケリー国務長官はとロシアのラブロフ外相がパリで会談し、ISISの壊滅に向け、米ロがテロ対策の情報共有、イラク軍への武器供与、イラク政府軍の訓練などで協力することに合意したと発表した。米ロ間の立場や見解の違いはもちろん大きいが、それを認め合った上で双方に譲歩しつつ、可能な限りの協力をしていくことになったという。加えてケリーはロシアに対して、ISISやその他のテロリストやテロ組織の情報を共有しようと提案し、ラブロフも同意したとも述べた。

 だが、どうやらこれは米国の「片思い」だったようである。10月25日の記者会見で、ラブロフが米国との「情報共有の強化にも、イラク戦闘員の訓練での協力にも合意していない」と発言したのだ。

 このケリーの動きからも、オバマ発言でのウクライナとISISの実際の脅威の順序は逆であると思われる。ウクライナ東部もまだ混乱が続いているとはいえ、一応の停戦が守られている以上、ロシアが今後、想定外の恐ろしいアクションを起こすことは考えにくい一方、ISISは想定できない恐ろしさを多く孕んでいる。そのため、ウクライナ問題で孤立を強いられたロシアにとって、ISISの存在は、ロシアが世界におけるポジションを取り戻すきっかけを与えてくれるかもしれない「救世主」だという見方すらある。

 だが、ロシアは共通する敵・ISIS対策でも米ロで協力することを拒否した。ロシアに対する制裁はまだ続いているなかで、米国に協力姿勢をとることは、ロシアの尊厳を傷つけるものになり得たと思われる。いずれにせよ、ISISとそれを取り巻く世界の動きは、これからの国際政治を読み解く大きなカギになりそうだ。