石澤靖治(学習院女子大学長)

 1月20日、ドナルド・トランプ氏が第45代米大統領に就任するに際し、何を語るのかが世界中で注目された。その関心が高まっていた就任約1週間前、トランプ政権で国務長官と国防長官にそれぞれ指名された、レックス・ティラーソン氏とジェームズ・マティス氏に対する議会公聴会が行われて、大きな注目を集めた。トランプ政権の具体的政策を事前に知る絶好の機会と思われたからである。

 そして両者は、極めて穏当な発言を行った。トランプ政権において日本側が特に関心をもっているのは、貿易問題を別にすれば、アメリカの対中国政策と日米同盟に対するスタンスである。それに対してティラーソン氏は、南シナ海における中国の海洋進出に懸念を表明すると同時に、尖閣諸島には日米安保が適用されるとした従来の考えを踏襲すると発言した。

 一方、マティス氏は日米同盟には直接ふれなかったものの、同盟関係の重要性を尊重すると述べた。日本外交の基軸である日米同盟については、選挙期間中にトランプ氏から見直しについて言及されていただけに、日本側にはこれらの発言に一応の安堵感が生まれた。

 ティラーソン氏はエクソンモービルの最高経営責任者(CEO)であった時代に築いたロシアとの近すぎる関係が懸念され、公職の経験も全くない。しかし、それを除けば大企業経営者として、その指導力と組織運営について高い評価を得ている。マティス氏は、アメリカの軍関係者からは「軍神」とあがめられる存在であり、その実績と戦争についての哲学と考察について最高水準の人物であるとされる。したがって、本来ならこうした国務長官と国防長官からなる外交の二本柱の発言から、トランプ政権の外交・安全保障政策について、ある程度の見通しは立つはずであり、安堵してもいいはずだった。

 しかし、20日の就任演説でそれは大きな落胆に変わった。演説でトランプ氏は、選挙戦のように常軌を逸した発言をするのではなく、現実的な状況を踏まえた上で、壮麗な言葉で理想を語るのかと思われた。だが17分弱の演説では「アメリカ・ファースト」を繰り返し、今のアメリカがいかに外国からダメージを与えられているかを説き、自分こそがアメリカを強くする指導者であると語った。そして選挙期間中のキャッチフレーズである“Make America great again!”で締めくくった。
就任式で演説するトランプ米新大統領=20日、ワシントン(AP=共同)
就任式で演説するトランプ米新大統領=20日、ワシントン(AP=共同)
 本来、就任演説とは選挙演説と一線を画し明るく前向きの姿勢を示すものだが、最初から最後まで、暗く、ネガティブに、そして怒りに満ちた選挙演説と変わらない就任演説だった。もちろんそこには、アメリカがこれまで戦後長く掲げてきた「民主主義」や「自由」「人権」などといった言葉はなく、「アメリカ」だけが躍った。

 つまり、選挙中のトランプ氏のスタンスは、大統領のトランプ氏と何ら変わらないということである。トランプ政権はまさしく「トランプ氏自身の政権」であるということを認識しておかなければならない。