森 保裕(共同通信論説委員兼編集委員)
 
 中国共産党の機関紙、人民日報は5月8日付の紙面で、沖縄県の帰属は今も未定であり、琉球問題は再び議論できると主張する論文を掲載した。沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)をめぐる問題で、日本をけん制する狙いだろう。日本の各メディアは大きく転電し、日本政府は厳重に抗議した。

 中国のネット上では「沖縄は中国の一部だ」「沖縄を取り戻せ」といった勇ましい書き込みが相次ぐ。果たして、中国は尖閣諸島を奪った後、沖縄まで“奪還”しようとするのか。論文の真意や琉球の地位未定論が出てきた経緯を検証しながら、中国指導部の思惑を探った。

「釣魚島問題を整理する」「琉球再議論」を主張


 論文は「『馬関条約』(下関条約)と釣魚島問題を論ず」(約4600字)。政府系シンクタンク中国社会科学院の張海鵬氏と李国強氏の共著で、シリーズ「釣魚島問題を整理する」の第1回。人民日報第9面「重要ニュース」のページの半分を占める長文だ。

 後半3分の1の「三、釣魚島と日清戦争及び“沖縄処分”」の部分では、「琉球王国は独立国家であり、明清の時期は中国の属国」「日本は武力によって琉球王国を併呑」「清政府は琉球処分に直ちに抗議し、琉球問題は日中間の懸案となった」と記述した。

 論文の末尾では「馬関条約調印にあたって、清政府は琉球問題を再び提起する能力はなく、台湾及び付属諸島(釣魚島を含む)、澎湖諸島、琉球を日本に奪われた」「(日本が受け入れた)カイロ宣言とポツダム宣言に照らせば、台湾とその付属諸島(釣魚島を含む)、澎湖諸島を中国に返されなければならないだけでなく、歴史上未解決の琉球問題も再び議論できる時になった」と述べた。

論文を材料に政府は対日けん制


 日本の外務省は8日、論文について「仮に論文が中国政府の立場を示しているなら断固受け入れられない。厳重に抗議する」と中国側に伝えた。中国側は「記事は研究者個人の資格で執筆した」と回答し、中国外務省の華春瑩副報道局長は9日の定例記者会見で「抗議は受け入れられない」と突っぱねた。

 華副局長は会見で、沖縄の主権について「中国政府の立場に変化はない」と述べ、政府としてはこれまで通り沖縄の帰属未定を主張する考えがないことを暗に認める一方、「学界の長期の関心事だった沖縄、琉球問題が再び突出してきたのは、日本側が釣魚島問題で絶えず挑発的な行動を取り、中国領土の主権を侵犯しているからだ。論文は、釣魚島と関連する歴史問題に対する中国民衆と学界の関心と研究を反映している」と論文を材料にして日本をけん制した。

勢いづく中国国内のタカ派


 一方、人民日報系のタカ派紙、環球時報は11日、「琉球問題を活性化し、政府の立場を変える準備をしよう」と題した社説を掲載し、日本が中国への敵対を選ぶなら、中国政府は今の立場を変えて琉球再議論を主張すべきと訴えた。

 社説は論文について「日本がこれほど緊張したのは、自信のなさの表れ」として“琉球カード”の有効性を強調、3段階戦略で最終的には中国政府が「沖縄地区で琉球国復活に向けた勢力を養成すべきだ」と訴えた。まさに日本の反響の大きさに、勢いづいた形だ。

加熱ぶりに当惑を隠さなかった張氏


 張氏は17日付の環球時報に発表した手記で、論文の意図などについて補足説明を行って、日中双方のクールダウンを呼び掛けた。手記の要旨は以下の通り。

 一、論文は、「釣魚島は中国固有の領土だ」との、より有力な論拠とするため、日本の歴史上の琉球処分を持ち出し傍証としたものだ。

 一、末尾の「琉球再議論」がこれほどメディアやネチズンに注目されるとは思わなかった。

 一、再議論は、わたしが琉球史と近代日中交渉の歴史から得た結論であり、現実の日中関係から出発したものではない。

 一、再議論すべき点は(1)琉球はかつて独立王国であり、明清時代は中国の属国だった (2)1943年のカイロ会議で、米国のルーズベルト大統領は中国(中華民国)の蒋介石主席に対し、戦後、琉球を中国の管理とするか意見を求め、蒋は米中両国の共同管理にすべきと答えた (3)52年のサンフランシスコ講話条約を中華人民共和国は認めていない (4)琉球の人々が独立と帰属のどちらを求めるのか。琉球人民の意見は再議論の重要な根拠となるべきだ――の4点だ。

 一、決して“中国は琉球を求めている”のではなく、一部の「中国は琉球を奪還すべし」との意見は妥当ではない。

 一、「中国が釣魚島に次いで沖縄、最後に日本を占領する」などと日本の右翼が騒いでいるのも荒唐無稽であり、“中国脅威論”の鼓吹にすぎない。

 張氏は手記の中で、人民日報論文の主眼は「尖閣諸島は古来、台湾に属する中国領土であり、日本は日清戦争に勝利した勢いに乗じて、同諸島を窃取した」と主張する点にあり、琉球の帰属問題は「傍証」と説明した。

 また、琉球再議論は歴史学者としての問題提起だとし、日中両国のメディアやネチズンの過熱ぶりに当惑を隠さなかった。そして再議論すべき論点を列挙して、沖縄の人々の意思が尊重されるべきと強調。中国の「沖縄奪還論」や日本の「中国脅威論」の双方をともに批判した。

8年前から登場していた沖縄の帰属未定論


 沖縄の帰属未定論が中国でとりざたされ始めて久しい。2005年8月1日発売の中国誌「世界知識」には北京大学歴史学部の徐勇教授の論文が掲載されている。沖縄が日本の領土となったのは琉球王国に対する侵略の結果であり、米国から日本への沖縄返還も国際法上の根拠を欠くとする論旨は、人民日報論文と同じだ。

 05年は戦後60年であり、小泉純一郎首相(当時)の靖国神社参拝などで日中関係が悪化し、春には中国全土で反日デモが起きていた。

 こうした“学説”は日中関係が悪化した時期に数多く表れる。2010年9月の尖閣沖・中国漁船衝突事件の後には、中国商務省研究院の日本研究者、唐淳風氏が環球時報などに執筆。今年3月と5月の「世界知識」には、復旦大学の国際関係公共事務学院所属の雷玉虹氏が執筆していた。

日本は冷静な対応を


 張海鵬氏らの論文は、中国共産党機関紙、人民日報に大きく掲載されたため「中国指導部の意向か」と特に注目された。指導部が尖閣宣伝の格上げを支持した可能性はある。

 しかし、1879年の琉球処分から既に130年以上が経過。中国政府は72年の日中国交正常化の際も、その後も、沖縄の帰属未定論などは持ち出してはいない。沖縄には米軍基地があり、米国務省のベントレル報道部長は論文に関し「米国は沖縄に対する日本の主権を認めている」と即座に反論した。

 こうした現実を見れば、中国政府が自ら琉球帰属未定論を主張したり、沖縄を侵攻する恐れはほぼないだろう。尖閣対立が長引く中、いらついた中国が帰属未定論によって揺さぶりをかけてきた。冷静に反論しておく必要はあるが、過剰に反応すると、かえって中国内のタカ派を喜ばせることになりかねない。