著者 SlowdownStand(北海道)

 9月末の「朝まで生テレビ」にて朝日新聞OBは一様に差し障りの無い発言であったが、戦前の世論誘導によって、戦争への加担したことの贖罪意識が戦後の朝日新聞の方向性=反戦を決めたと言うことらしい。これは「PTSD」と診断されてよいのではないか?そう仮定すれば、朝日新聞の不可解さを理解できる。戦前の反省を踏まえ、「真のジャーナリズム」を出発点とする事がなかったのだ。

 同日の朝生テレビで時事通信の青木氏や、東京新聞の長谷川氏も、公衆の面前にて堂々と臆することなく、「真の事実報道」をせせら笑っていた。
 もちろん彼らの表情には「恥の兆候」が映し出されている。どんな業種業界であれ、現場の本音と建前がある。しかしそのことに居直る事が武士道に悖る、恥ずかしい行為であるのだ、まさに「現場」の人間にとっては。

 彼らが言うところの報道は、まず始めに「スタンス」があり「センセーションナリズムの篩(ふるい)」が在るとのことだ。スタンスはバイアスともとれるし、ジャーナリズムが陥ってはならぬ所がセンセーショナリズム、と認識していたが、朝日に限らず「左翼」とはこれほどまでに醜悪な唾棄すべき輩であったとは残念。

 正しい5W1Hがあれば、事実のストーリーは書けるはずだが。

 さて、朝日新聞不買・廃刊運動も良いのだが、事実報道、真のジャーナリズム(せめて間違いに対する潔さ)とは、との議論があっても良いだろう。「不当にも強制連行された従軍慰安婦」が「戦時における性暴力」とすり替えられた今となっては、わが日本は、「世界に冠たる人間性と社会」を誇りに、「理不尽に強制される女性そのもの」とか「売春そのもの」などと究極地点での哲学とその救済にのりだすしか、この問題の根本解決にはならないと考える。