あの2020年大会東京招致を決めた、昨年9月7日の国際オリンピック委員会(IOC)ブエノスアイレス総会での東京招致チームのプレゼンテーション。壇上に立った一人ひとりの言葉の素晴らしさを激賞する声にあふれた。しかし今、強烈に私の脳裡を支配しているのは、そのときの言葉ではない。それから2カ月ほどした後、あるビジネス雑誌でふと目にしたパラリンピアン、佐藤真海さんの一言だった。

 「もし私が車いすだとしたら、日本に住みたいとは思わないですね…」
 その文章を執筆したライターも印象的な一言だと書き記した言葉は、読んだ私を考え込ませるには十分過ぎた。

 佐藤さんはそのインタビューのなかでこんな風に話した。「日本では、ハードはハード、ソフトはソフトというものが多い気がしています。例えば、スロープ一つとっても、いきなり急勾配になるスロープが普通にある。『スロープがあればいい』というハード面だけからの考えではなく、そこを通る人の気持ちに立ったソフト設計が重要だと思います。ヨーロッパでは、車いすの人をよく見かけるんです。よく見るということは、動きやすいからなんだと思うんです」

 その頃の日本列島は7年後にオリンピック・パラリンピックがやってくるという一種の熱気に覆われていた。オリンピックが来ればスポーツが変わる、街が変わる、文化が変わる…そうした思いは信仰に近い感覚であった。それは1964年オリンピック東京大会で日本が持ち得た成功体験からくるものであったように思う。2020年、64年に感じた興奮を再び味わうことができる、次代を担う子どもや孫たちと共有することもできる。「俺たちが見た光景を君たちも見るんだよ」。そんな感情も入り交じっていたかもしれない。

 小学4年生で東京オリンピックを経験した私は2020年を経て新たなレガシーが生まれると原稿に書き、人に話してもきた。オリンピックだけではない、パラリンピックも一緒に開催することで成熟都市・東京に新たな社会空間が生まれる。バリアフリーの街並みで健常者と障害を持つ者が共生する社会。それが実現すると語ってもいた。

 いや、それは間違いではない。そうした社会を現出するのがオリンピック・パラリンピックを東京に招致した世代の役目だ。だが、パラリンピアンである佐藤さんの冷静な一言に「これは容易いことではない」と考えるようになっていった。

 少なからず欧米、とりわけヨーロッパのインフラに接したことがある。低いプラットホームと乗り込みやすいフラットなステップの電車やバス、道を歩けば段差のない、緩やかな勾配がスロープ、階段の代わりに設置されたエレベーター、公共のトイレ一つとってみても車いすでゆったり通ることができる広さのドアである。東京は遅れた街だ。

 「だから、2020年までに換えていくんだろう」。そう、その通り。しかし、佐藤さんの指摘は単に公共の施設について語っているのではない。人々の心の有りように言及していると考える。「スロープを作ったからいい、段差をなくしたからいい」のではなく、使う人の身になって考え、造られているのか、そこが問題なのだ。駅の階段に設置された昇降機、必要な時に使えるようになっているが、あんな衆目を集める大仰なものに好んで乗りたいと思う人などいるものか。他にしようがないから使っているのである。それを我々は理解していなければならない。

 現在の「もうひとつのオリンピック」と言う意味ではなく、下半身麻痺者を意味する「パラプレジア」から採ったパラリンピックという名称が世界で初めて生まれたのは、1964年の東京だった。50年前の11月8日、国際ストーク・マンデビル競技大会は開幕した。その頃、車いすなど障害者はスポーツすることはおろか、人前にでることすらはばかられたという。50年経って「随分、社会の在りようは変わってきた」と障害者スポーツを支えてきた人たちも口にする。確かに、半世紀前とは違ってきた。理解も進んだ。しかし、健常者と障害者が一緒にスポーツに汗を流す施設と環境が整っているヨーロッパの国々と比べるとバリヤーが解けているとは言い難い。何より、オリンピアンとパラリンピアンが一緒に練習することすらできないのが現状なのだ。

 パラリンピックがそれを変えてくれればと思う。いや、受動的ではいけない。能動的に変えていく必要がある。身障者に優しい街並みは年老いた人たちにも優しい。そして妊婦や幼児を連れた親にも優しい。そして、彼らにもスポーツを楽しむ権利がある。我々はそこに思い至らなければならない。そのためにも、その人の立ち位置を「わかり」「知り」、立場になって「考えてみる」ことが何より大事だが、そう書くほど簡単ではない。

 私は現在60歳、あと何年生きるかわからないが、やがて歩行も困難になり、何かにすがらないと動けなくなるかもしれない。それでも、街のなかで動いていたい。そのとき街が優しい姿であって欲しいと願う。
(産経新聞特別記者・佐野慎輔)