落合道夫(東京近代史研究所代表)

 今回、今上陛下のご譲位問題について首相の私的諮問機関である有識者会議から一代限りの特例として認める方向で論点整理があった。私は妥当と思う。ただ私の賛成する理由は、陛下のご健康や慣習、制度的な問題だけでなく日本と皇室の現状に強く危機感を抱いているからである。そこでまず皇太子殿下に即位していただき新しい天皇を確保したい。国民、も安心する。従ってこの問題では天皇はご退位ではなくシームレスの継承を意味するご譲位でなければならない。

 この件に対する外国の反応を見ると昨年8月陛下のビデオ放送に対して早速、中共からこれで日本国内は大混乱に陥り安倍首相は憲法改正は出来まい、と嘲笑する報道があった。また外国と関係の深い野党勢力は退位という言葉にこだわり法制化を要求している。これは将来の天皇の廃絶を狙っている可能性があるので厳重に警戒しなければならない。

 一方、国内では肝心の次代を受け継ぐ若い日本人が戦後教育の欠陥で大切な皇室の意義や民族の歴史を知らされていない。このため敵の皇室攻撃を受けても危機感が乏しく正しく反撃できない。これは我々の解決すべき最大の心配であり課題である。そこで、以下、天皇と国民の歴史、民族の生態としての天皇の意義、天皇を敵視するものについて考察し、最後に我々のとるべきアクションを提案した。御参考になれば幸いである。
83歳の誕生日を祝う一般参賀に訪れた人たちにあいさつされる天皇陛下=21016年12月
83歳の誕生日を祝う一般参賀に訪れた人たちにあいさつされる天皇陛下=2016年12月
 天皇は米軍の強要した占領憲法では日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基くとされている。しかし、天皇は政治的な権威ではなく伝統的権威であり、民族宗教である神道の最高神、天照大神の直系の子孫である。現人神と言われる由縁だ。125代ということは、若狭和朋氏が指摘するように2の125乗という巨大な数に日本人が収斂することであり、日本の国は古来皇室に何らかの血縁を持つ国民が天皇陛下を頂いて作っている家族国家なのだ。

 我が国の二千年以上の歴史には神話の天孫降臨から始まる天皇と国民の多くの美しい物語がある。4世紀には仁徳天皇が「高き屋に上りて見れば煙立つ民の竈は賑わいにけり」という有名な御製を詠まれた。国民の生活を心配される天皇のお気持ちがよく表れている。

 8世紀聖武天皇の時代には大伴家持が「すめらぎ(天皇の和語)の御代栄えんと東なる陸奥山(みちのくやま)に黄金花咲く」という歌を詠んだ。大仏建立の大事業に今の宮城県涌谷町から黄金が献上されたことを祝賀したものである。また大伴家持がこの時天皇への忠誠を詠った長歌の一節「海ゆかば」は1200年後の昭和12年に信時潔の作曲で愛国歌となり有名だ。13世紀の蒙古襲来では、亀山上皇が自らの生命を身替わりに日本国の護持を神々に祈願し、無事日本国は守られた。

 明治時代欧米列強の迫る中、孤立無援の日本が独立を維持できたのは明治天皇のご指導のおかげである。国民は心を一つにしてロシアの侵略を撃退し日本の国を守り発展させた。日本海海戦の朝、旗艦三笠の砲塔から艦長の伊地知彦次郎大佐は乗組員に訓示を行う。「諸士の命は本日ただ今本官がもらい受けた。本官も又諸士と命を共にすることはもちろんである。今からはるかに聖寿の無窮を祈り合わせて帝国の隆盛を祝福するために、諸士と共に万歳を三唱したい」これを聞いた当時20才の水兵、河合太郎は今こそ御国に生命を捧げる時が来たのだ、とその若き日の感激を67年後に記している。

 昭和時代には大東亜戦争という今日につながる国難があった。昭和天皇はただ一人戦時、戦後の非常時の日本を指導された。アジア全域に展開していた日本軍が戦後混乱せず無事復員したのは天皇陛下への忠誠心と御稜威の偉大さである。終戦命令を受領したビルマ奥地の日本軍部隊は集結し大事に守ってきた軍旗を焼却する。ガソリンの青い煙がチーク林に流れてゆく。武器を置いた兵士たちは「海ゆかば」を歌い激しく慟哭した。

 戦後のラバウルでは豪州軍による軍事裁判で多くの日本人が無実で処刑された。その一人坂本忠次郎中尉(埼玉出身)は「同胞(はらから)の犠牲なればスメラギの弥栄祈り我は散りゆく」と辞世を残している。軍事裁判で日本人の救出に懸命に努めた山崎義教法務大佐は「多くの犠牲者の処刑直前の天皇陛下万歳の叫びは、天皇への最後のお別れであり祈りであり、そして歴史的日本に回帰する自らの生命の最後の光彩への賛歌であった」と記している。天皇は海外抑留者の家族を思い「風寒き霜夜の月を見てぞ思う帰らぬ人のいかにあるかと」という御製を詠まれた。