田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

2016年11月、東京都の小池百合子知事が
設立した政治塾「希望の塾」で、講師として
あいさつする元知事の猪瀬直樹氏
 猪瀬直樹氏は筆者が経済時論を書いたそもそものきっかけを与えてくれた、いわば時論での「マエストロ」である。今世紀の始め(2001年)に開始した猪瀬直樹メールマガジン「日本国の研究」が、その時論の舞台であった。当時、小泉純一郎政権での構造改革が始まっていた。猪瀬氏の活躍は、道路公団民営化を中心にして、国民の多くがまだ記憶に残していることだろう。

 猪瀬氏の「構造改革」の独自性は、経済・社会の構造問題はその原因になっている組織や人物が必ず存在する、という点にある。日本人はなぜか経済・社会問題を自然現象のように見なしてしまうが、猪瀬氏の批判的視座はそれとは真逆だ。

 この態度は、道路公団民営化、そしてそれに続く東京都の副知事・知事としての改革でも一貫していた。マクロ経済政策については必ずしも筆者と完全に同じではないと思うが、猪瀬氏の構造改革的手法は、いまの日本の問題を「事実検証と論理」で解明するためには欠かせないものだと思っている。

 また猪瀬氏は諦めることのない「ファイター」でもある。知事時代の挫折を真摯に反省し、それを強靭なバネにして、猪瀬氏が再び東京都という巨大な「構造問題」に取り組んでいる。小池百合子知事の誕生前後で、ネット媒体NewsPicksや自身のTwitterで積極的に意見を表明する姿は、いわゆる「抵抗勢力」には脅威に違いない。その猪瀬氏の東京問題への格闘の「復帰」を象徴するものが、今回出版された『東京の敵』(角川新書)だ。

 冒頭からズバリ書く。「東京の敵」とは、まさに具体的な人物だ。都政の妨げになっている二人のドン。「都議会のドン」である前自民党都連幹事長の内田茂都議、そして「五輪のドン」である元首相であり、現在の東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長である森喜朗氏である。

 東京都の政治制度は都知事に権力が集中しているわけではない。本書でも詳述しているが、政治的権力は形式的には、共に都民に選出される知事と都議会という「二元代表制」になっていて、国レベルでの首相と議会とは異なる仕組みである。

 この「二元代表制」の中で、都民の多くが知らなかった権力集中が都議会で行われていた。それが自民党東京都連幹事長の職を10年以上務めてきた内田茂氏の存在である。内田氏への個人的な権限の集中は強く、国会議員もその影響下にあるといっても過言ではない。知事の職務や発言はしばしばマスコミの話題にするところだし、また都民の視線も厳しい。だが、もうひとつの「代表」である都議会の権力集中が闇の中にあることは問題である、というのが猪瀬氏の基本的な態度だ。

 冒頭でも書いたが、東京都が決める様々な政治的決定には、それを生み出した「人物」がちゃんと存在しているのだ。その「人物」は決定の内容に見合うだけの社会的責任を負う必要があり、それはきちんと世間の前で明らかになっていないといけない。
東京都議会本会議の一般質問中に談笑する内田茂都議会議員(右)=2016年12月8日(桐山弘太撮影)
東京都議会本会議の一般質問中に談笑する内田茂都議(右)=2016年12月8日(桐山弘太撮影)
 猪瀬氏は、「闇に棲む者は光を当てることで力を失う」と何度も本書の中で述べている。内田氏の権力集中は、猪瀬氏の一連の発言によって世間の知ることとなる。その結果、都政における決定プロセスが非常にはっきりしてきた。内田氏は以前のように闇の中での権力行使がしづらい環境に今はあるだろう。これこそ、猪瀬氏がかつて道路公団民営化でも進めてきた「情報公開」の真の意図ともいえる。