佐々木亮(弁護士)

 エイベックス・グループ・ホールディングスの松浦勝人社長が、三田労働基準監督署から受けた長時間労働と残業代未払いなどに対する是正勧告について、「好きで働いていても法律で決められた時間しか働けなくなる可能性があるようだ」、「時代に合わない労基法なんて早く改正してほしい」などと述べたことが話題となった。しかし、失礼を承知で言わせていただくと、時代に合っていないのは松浦社長の頭の中というべきだろう。

 法律により働く時間を制限しているのには意味がある。なんの意味もなく、「働きたい人」に対する意地悪で制限しているのではない。歴史を遡れば、19世紀の初頭には、働く時間を制限する法律など世界にはなかったのである。しかし、その結果、子どもや女性をはじめとして、多くの労働者が過酷な労働によって潰されてしまうという問題が起きた。

 そこで、この問題をどうにかしようと法律で労働時間を規制することになるのであるが、最初の規制は、1833年にイギリスで制定された工場法であった。そこでは、9歳未満の児童労働を禁止し、9歳~18歳未満の労働時間を週69時間以内に制限するというものであった。他国もこれを追うように、1839年にドイツ(プロイセン)で児童労働保護に関する規定、1841年にはフランスで年少者労働時間規制に関する法が制定され、主に年少者と女性を対象とした規制が敷かれていったのである。

 他方、我が国は、工業化が遅れていたので、労働時間を規制するようになったのも遅く1911年に制定された工場法という法律によって、はじめて労働時間を規制した。当時の対象労働者は、年少者・女性であり、成人男性は規制外であった。

 労働者全員に対する労働時間規制がされるようになったのは、戦後の労働基準法によることになる(1947年)。我が国においては、このとき初めて全労働者を対象とした労働時間規制がなされたのである。

 そして、現在の規制内容である週40時間となったのは、1994年の改正労基法による。ただし、その際、一部企業は適用が猶予されていた。この猶予された企業にも週40時間の規制が及ぶようになったのは、それから3年後の1997年まで待たねばならない。今年は2017年である。今の規制内容になってから、実はまだ20年しか経っていないのである。

 松浦社長は、冒頭に引用した発言をして、労基法を時代に合っていないと断言する。しかし、松浦社長のような言動は実は珍しくない。これらの言動は、昔から一部の経営者が定期的に述べているところである。特に、労働基準法に対する攻撃をする際に、「時代に合っていない」「工場法が前身だからホワイトカラー労働者には向いていない」などというのは常套句である。

 ただし、かつてはこうした言説をもてはやす風潮があったが、昨今の我が国の「ブラック企業」問題によって、長時間労働による過酷な実態が明らかになった。そのため、こうした発言は非常識な発言として「炎上」することがあり、最近では少なくなっていた。ところが、松浦社長は、労基署に是正勧告を出されたのが悔しかったからか、冒頭の発言を自身のブログでしてしまい、久々の「燃料投下」をしたのである。

 もっとも、問題の本質は、労基法による労働時間規制が本当に時代に合っていないのか、という点である。