あるシンポジウムでフロアの参加者から質問というより詰問に近い言葉が飛んだ。「オリンピック教育ばかりが叫ばれているが、パラリンピックへの意識が日本ではまだ育っていない」

 2020年は史上初めて一つの組織委員会がオリンピック・パラリンピックの運営を行う。所管は今年4月、文部科学省に一本化された。関係予算も前年度の9400万円から24億3300万円と大幅に増えた。

 先頃、初めてパラリンピックでのメダル獲得が期待できる競技を支援する「マルチサポート事業」が選定された。夏季11競技に冬季3競技。すべてではないが、パラリンピック競技の多くが対象になった。

 これらは「障害のある人のスポーツ推進」が明記されたスポーツ基本法、「環境の整備」を政策課題とするスポーツ基本計画に基づく。ただ、前者は12年、後者は13年の制定。ようやく今年から環境整備が始まったと言い換えてもいい。

 従って「教育の場で」と言っても先の話である。小中学校や高校に配布する読本制作を急ぐ東京都教育庁も手探り状態だろう。

 「伝えたいことはたくさんあります。でも、すべてはこれから…。今までは厚生労働省管轄、文部科学省にも教育委員会にもルートがなかったわけですから」

 日本パラリンピック委員会(JPC)企画情報部の井田朋宏は「これから」を強調した。

 50年前、東京で開かれた国際ストーク・マンデビル競技大会が初めて「パラリンピック」と命名された。対(両下肢)まひを意味するパラプレジアから採られた造語で、もう一つのというパラレル+オリンピックとなるのは1985年、実際の大会では88年ソウル夏季大会以降である。

 日本のマスコミが競技性に着目するのは98年長野冬季大会まで待たなければならなかった。それまで、いや長野後もまだ、運動面より社会面が定位置だった。

 前述の質問者は錦織圭の準優勝で沸いた全米オープンテニスを取り上げて、車いすテニスで国枝慎吾、上地結衣が男女単複にダブル優勝したにもかかわらず扱いの悪さを指摘。「メディアの姿勢」を問題視した。

 問いただされて無理もないところもある。一方で組織や競技は未成熟、それが人々の未知につながる。

 教育現場もマスコミも、もっとパラリンピックを知りたい。今後、このもうひとつの大会を深く学んでいきたい。=敬称略
(産経新聞特別記者・佐野慎輔)