将棋界には七大タイトルと言われる冠位が存在するのだが、名人は独特である。一つは江戸時代から続いている唯一のタイトルであること。もう一つは、最短で五年かけないとたどりつけないことである。将棋の棋士は、トーナメントあるいはリーグ戦でタイトルを争うのだが、すべて一年で決着がつく。ところが名人だけは順位戦を勝ち抜いた挑戦者が時の名人と戦い、勝敗を決する。この順位戦は、C級2組、1組、B級2組、1組、A級と勝ち上がらなければいけない。それぞれ一年をかけて戦うので、名人に挑戦するのは最短でも五年かかるのだ。
 
 谷川は一年目のC級2組を足踏みしただけで、あとは一気に名人まで駆け上った。これは中原誠十六世名人と並ぶ最短記録である。そして21歳で名人を獲得した。こちらは史上最年少である(中原は24歳)。その後、上の世代の中原や米長邦雄、下の世代の羽生。森内・佐藤といった強豪と一進一退の攻防を繰り返している。名人は五期獲得すると永世名人を名乗る資格があるが、谷川は十七世名人である。

 プロ棋士の強さを測る一つのバロメーターが、七大タイトルをいくつ獲得したかにある。記録上位には名人の中の名人とも言うべき、永世名人が並ぶ。

JT将棋日本シリーズ。一回戦第三局、三浦弘行八段(左)と
対局した谷川浩司九段 (左から3人目)※共に当時=2002年、
静岡市民文化会館
三浦弘行八段(左)と対局した谷川浩司九段
=平成14年、 静岡市民文化会館(段位は当時)
 1位:羽生善治十九世97期、2位:大山康晴十五世80期、3位:中原誠十六世64期、4位谷川浩司十七世27期と続く。ちなみに5位に米長邦雄19期と続き、名人経験者を並べると、森内俊之十八世は12期、佐藤康光13期、加藤一二三8期、丸山忠久3期、佐藤天彦1期である。歴代4位は立派な成績である。

 だが、私が推すのは記録ではなく記憶である。なぜ、「古今東西あらゆる分野の中で不世出の勝負師」なのか。

 谷川将棋は「光速の寄せ」と呼ばれるほど、終盤が強い。将棋は大きく、序盤・中盤・終盤に分かれる。序盤はお互いが陣形を整えている段階、中盤は戦いが始まってからの段階、終盤は勝敗が決する段階である。谷川以前の棋士は終盤の入り口で相手をどう仕留めるかを読んでいた。ところが、谷川以後は中盤の入り口で収束を読む。敵は「気が付いたら首と胴体が離れていた」という負かされ方をする。「光速の寄せ」と呼ばれるゆえんである。

 あまりにも美しい勝ち方ゆえに、負けた相手が感動する。あらゆる勝負の世界で、そのような勝ち方ができる勝負師が何人いるだろうか。羽生、森内、佐藤、あるいは映画『聖の青春』で有名になった村山聖らは「羽生世代」と呼ばれるが、彼らは一様に谷川将棋を目指した。棋士全員に聞いたわけでもなんでもないが、谷川以後の棋士で谷川将棋に憧れなかった人が居るのだろうか。

おわりに

 将棋とは様式美の世界である。完成されたルールと不文の作法が、様式美を形成している。それが「道」となっている。ところが今回、不幸な事件で「道」のみならず、界・道・盟が深刻な傷を負った。災い転じて福となす努力をしてほしいと、縁台から思う。