河合雅司(産経新聞 論説委員)


 安倍晋三首相は「社会保障・税一体改革」を、ぶち壊しにしようというのだろうか。そう疑いたくなる動きが続いている。
 
 まずは、一体改革の大前提である消費税増税を再延期したことだ。2019年10月までの先送りであることを強調するが、「二度あることは三度ある」とも言う。再々延期とならない保証がどこにあるというのか。
 
 世界経済は不透明さを増しており、「内需を腰折れさせかねない」とした判断を理解しないわけではない。だが、高い内閣支持率を誇る現在において決断できないような政策を、この先、決められるとは思えない。
 
 首相は「引き上げ可能な環境を整えるべく力を尽くす」とも説明しているが、2014年11月に1年半の延期を決めたときも「再び延期することはない」と断言していた。
 
 政府・与党内ではかねてより「消費税増税は安倍政権が決めた政策ではなく、安倍首相は決して積極的なわけではない」と疑いの目が向けられてきた。首相の本音がどこにあるかは分からないが、1つの内閣で2度も同じ政策が反故にされたことの意味は大きい。少なくとも、安倍首相の消費税増税に関する言葉は極めて軽くなったと言わざるを得ない。
 
 消費税率の10%への引き上げは、自民、民主、公明の3党が合意して決定したことだ。本格的な高齢社会を迎え、安定財源を確保しなければならないとの強い危機感の共有であった。消費税を社会保障財源としたのも、税収が景気に左右されにくく、多くのサービスを受ける高齢者にも負担を求められるためだ。増税分をすべて社会保障費に充て、その具体的使い道を決めたのも「政争の具」としないための政治の知恵だったが、こうした理念はどこかに忘れ去られたのだろうか。
 
 これは安倍首相が率いる自民党だけでなく、公明党や民主党の流れをくむ民進党も同じだ。先の参院選では、揃って先延ばしを主張した。消費税に対する政界の機運が冷めた印象である。

街頭演説を終え聴衆に手を振り後にする安倍晋三首相=2016年6月17日午後、大阪市北区(前川純一郎撮影)
街頭演説を終え聴衆に手を振り後にする安倍晋三首相=2016年6月17日午後、大阪市北区(前川純一郎撮影)
 こうなると、2年半後に増税できる経済環境が整ったとしても、「増税しなかったからこそ、こうした環境が生まれた」との声が出て、再び「消費増税することで景気が冷え込み、税収が減ったのでは元も子もない」という理屈が登場するだろう。それでは、消費税増税分を財源として社会保障を充実させるという社会保障・税一体改革の基本的枠組みが根底から崩壊することになる。
 
 一体改革に対する軽視の姿勢は、無年金者救済策として盛り込まれた年金受給資格期間の短縮に関する実施スケジュールを前倒ししようとしていることでも確認できる。
 
 年金受給の権利は、現行制度では保険料を25年間納めなければが得られないが、高齢になっても働かざるを得ない無年金者から「わずかであっても年金がほしい」との要望が強く、10年に短縮しようというのだ。
 
 ただ、年金受給資格期間の短縮には年間650億円を要する。安定財源が必要なことから、2012年に成立させた年金機能強化法で消費税率10%引き上げと同時に行うことを定められた。消費税増税が実現しなければ受給資格期間の短縮も実施されないということであったはずだ。
 
 ところが、7月の参院選で与党が「早期実現」を言いだし、安倍政権がこれに押される形で来年度からの前倒しに踏み切る判断を下したのである。
 
 財源は税収の上振れ分や既存予算のやり繰りで捻出するというが、典型的な見切り発車である。財務省は社会保障費の伸びの抑制を強く求めてもいる。懸念されるように、消費税10%がさらに延期されることになれば、他の社会保障財源を食いつぶすことになりはしまいか。
 
 だが、それ以上に懸念されるのが、法律を変えてまで、スケジュールを曲げる「前例」を作ったことが、一体改革自体をないがしろにする空気を醸成しかねないことだ。
 
 すでに、タガは緩み始めている。このほど安倍政権がまとめた経済対策に、低所得者1人当たり1万5,000円を給付する事業を盛り込まれた。消費税を8%に上げる際に、低所得者の負担軽減のために始めた「簡素な給付措置」を改変し、消費税を10%に再増税する2019年10月まで2年半延長して、その分を一括支給しようというのである。だが、8%への引き上げから3年が経つのに、なぜ継続させる必要があるのか。政府は「景気刺激策」と説明するが、その効果にも疑問符がつく。1回限りの給付では消費よりも貯蓄に回す人が多いだろう。
 
 この1万5,000円給付事業には3千数百億円もの財源が充てられるが、その一方で厚生労働省では高齢者の医療費窓口負担の引き上げや介護保険サービスの縮小といった改革の検討に着手している。負担増となる人にとってみれば「低所得者向け福祉施策にはいとも簡単に3千数百億円もの予算をつけておいて、自分たちがそのツケを払わされるのか」となる。国民に不公平感が広がったのでは社会保障改革は進まない。
 
 一体改革をないがしろにするかのような姿勢がもたらす影響はこれで終わらない。さまざまな無理が生じる。
 
 例えば、安倍首相は消費税が10%に上がるまでの社会保障費財源の捻出策について、「アベノミクスの果実を充てる」と説明しているが、一般財源である「アベノミクスの果実」のすべてが社会保障費に回るわけではないだろう。しかも、経済は生き物と言われる。経済成長に伴う税収の上振れ分がいつもあるとは限らない。果実を得られなければ政策をその時点で縮小したり、借金に頼ったりするとでもいうのだろうか。とても安定財源として織り込むわけにもいかない。
 
 少子高齢社会に対応する社会保障の構築は「消費税率10%」で完結するものではなく、その先を見据えなければならない。だが、消費税増税が本当に実施されるかどうかを疑わざるを得ない状況が続くのでは、ここから先の議論は深まらない。ましてや「10%」後の社会保障制度改革の全体像など、とても描き切れない。
 
 一体改革はやっとの思いで与野党が合意した経緯がある。今後、本当に消費税を選択肢から外すのであれば、別の安定財源を確保すべく新たな社会保障改革の枠組みを構築しなければならない。だが、そのエネルギーは想像以上に大きなものとなるだろう。議論している間も、日本の高齢化は2040年代初頭のピークに向けて止まることなく進んでいく。それで間に合うのだろうか。
 
 伸び行く社会保障費は誰かが何らかの形で負わなければならない。増税再延期に喝采を送った人も少なくないだろうが、そのツケはより重く、より厳しい条件となって、いつか国民に帰ってくる。

「先見創意の会」2016年08月30日コラムを転載。