山田吉彦(東海大学教授)

なおも危機的状況の東シナ海


 東シナ海に浮かぶ尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺海域では、海上保安庁の巡視船が常時4隻以上の体制で国境海域の警備の任務に当たっている。台風が来ても、強い季節風が吹き続けても、波風をかわしながらひたすら警備行動を続けている。その姿は、愚直といえるほどである。荒れた海上で船体が45度傾いても監視業務を怠ることはない。

 さらに沖縄県石垣島の岸壁には、別の巡視船が4隻程度待機している。停泊中の巡視船の甲板には特別警備隊員と思われる乗組員が動き回り、いつでも出港できるように準備に余念がない。船体の前部に備え付けられた機関砲の整備をする姿も見受けられ、東シナ海は臨戦状態にあり、その最前線基地が石垣港であることを実感させる。

 まず、臨戦状態になるまでのここ数年の経緯を確認しておきたい。

 尖閣諸島の中心である魚釣島は、石垣港から約170km北西沖にある。この海域に2010年以降、頻繁に中国の警備船が姿を現すようになった。中国は、鄧小平政権以降、九州から沖縄諸島、台湾、フィリピン、ボルネオ島を結び東シナ海、南シナ海を包み込むラインである第一列島線を設定し、その内側を海洋領土とすることをめざしている。この年は、その第一列島線の完成目標年次であった。

 しかし、中国の目論みは、計画どおりには進捗していない。この時点で中国の東シナ海における影響力は、皆無といえる状態だった。そこで、200隻を超える大漁船団を尖閣周辺海域に派遣し大々的に漁を行ない、その一部を日本の管轄海域まで送り込んだ。そして、そのうちの1隻が、日本の海上保安庁の巡視船に体当たりする事件を起こしたのだ。この漁船の船長は公務執行妨害の現行犯で海保により逮捕され、那覇地方検察庁に送検された。中国は、この事件を契機に尖閣諸島の領有権をそれまで以上に強硬に主張するようになった。海保による逮捕を「不当な行為だ」と猛然と抗議し、速やかに船長を解放するように迫った。

 そして、当時の民主党政権は、中国の圧力に屈したかたちで、この船長を処分保留のまま帰国させてしまった。この行為が、尖閣諸島における日本の主権を脅かすことにつながったのだ。

 2012年4月、尖閣諸島の危機的状況を案じた石原慎太郎東京都知事(当時)は、尖閣諸島を東京都が購入する計画を発表した。東京都が尖閣諸島を有効利用し、日本の領土であり主権下にあることを国内外に示そうとしたのだ。

 しかし、同年9月、民主党政権は、突如、尖閣諸島の魚釣島、南小島、北小島の3島を民間人の地主から購入し、国有化してしまった。しかし、具体的に島を管理するプランを政府はもたなかった。以降、尖閣諸島は管理の手もおろそかな無人島のままになっている。そして、国有化に対抗するかのように、中国はこの海域に恒常的に警備船を航行させるようになった。国有化以降、今年9月末までに中国の警備船が日本の領海へ侵入した件数は95件、延べ320回に上る。いまでは常時四隻の警備船を、尖閣諸島を睨むように配置している。

 国有化から、2年が経過し、日本国民が尖閣問題に注目しなくなっているあいだにも、中国は着々と尖閣諸島侵略に向けた体制を強化しているのである。

 中国の攻勢に対し、政権交代を果たした安倍政権は、尖閣諸島海域に海上保安庁の巡視船を増強し警備体制の強化に乗り出した。今年9月には1500tクラスの大型巡視船「なぐら」と「たけとみ」が就航し、沖縄海域を管轄する第11管区海上保安本部に配属され諸島周辺の警備に当たっている。

 さらに、2015年度末には、石垣島を中心に12隻の巡視船と600人の乗組員からなる「尖閣専従チーム」を配備する予定である。その計画に即し、石垣島に海保のなかでも精鋭が送り込まれ、臨戦態勢が組まれているのである。

 しかし、このように表面的には、日中の東シナ海における海上警備力は、日本が優勢のようにみえるが、実際には、中国の絶え間ない攻勢により日本側は守備体制を維持することで精一杯という状況である。中国は次から次に送り出してくる警備船だけでなく、大漁船団を使い東シナ海支配の準備を着々と進めているのである。多いときには1000隻にも上る漁船を東シナ海の日中漁業協定における暫定措置水域に派遣し、大々的に操業している。暫定措置水域とは、両国が合意事項に基づき漁獲高の目標を定め、互いに自国の漁船のみ管理、監督し取り締まるという水域である。この海域において中国の漁船が乱獲を行なっている可能性は高いが、日中漁業協定により、日本の排他的経済水域内でありながら海上保安庁、水産庁による取り締まりが行なえないのである。

 さらに、暫定措置水域を越え、日本の管轄海域内に入り込む中国漁船は後を絶たない。この漁船団は、魚群探知機を利用し、海面と海底のあいだにある異物、すなわち潜水艦の探査の役目も担っているのである。そして、その一部の漁船は、強引に日本の排他的経済水域内に侵入しているのだ。中国漁船の不法侵入事案は、2012年は39件であったものが、今年はすでに200件を超えている。いくら海保の巡視船を増やしても1000隻を超える漁船の動きをすべて抑止することはできない。さらに、その漁船の後ろには、中国の警備船、そして海軍が控えているのである。実際に2012年7月には、長崎県五島列島の玉之浦という入り江に100tから500tの大型漁船106隻が台風避難の名目で侵入した事例がある。この漁船団は、一週間も入り江のなかに整然と隊列を組み停泊したが、警戒に当たることができた海上保安庁の船は五島海上保安署所属の巡視船が1隻、巡視艇が1隻の計2隻のみであった。このとき、玉之浦の海上にいた中国漁民の数は、2000人とも3000人ともいわれている。この漁民がひとたび上陸を始めたら、現在の五島列島の海保、警察が共に動いても制止することはできないだろう。

 漁民である以上、自衛隊が対応に当たることは許されないのである。もし、一人1本、包丁やナイフを持つだけでも島は占領されてしまう可能性がある。その中国の実力を示したのが、玉之浦への侵入であり、五島列島、尖閣諸島のみならず日本中の国境離島がその脅威にさらされているといえるのである。これが、グレーゾーンと呼ばれるものであり、現状の安全保障体制において対応は不可能に近い。

 中国は2013年に、中国のもつ「五龍」と呼ばれる五つの海上警備機関のうち、航行安全を所掌する交通部の「海巡」以外の機関を統合し、強大な海上警備機関「中国海警局」を組織した。統合した機関は、公安部の武装警察機関であり海洋の治安維持を担務する「海警」、国土資源部国家海洋局が海洋管理を行なう「海監」、農業部漁業局がもつ漁業取締船「漁政」、税関のもつ警備取締船「海関」であり、管轄海域の海洋管理を一元化したのである。海警局は2015年までに1000t以上の大型警備船を日本の海上保安庁をしのぐ50隻以上保有する計画であり、20年には米国のコーストガードに匹敵する世界最大級の海上警備機関に拡大するといわれている。

 この海上警備機関は、武装警察が主力であるが、漁船も管轄する権限をもつ。漁民を警備機関の目論みに合わせ動かすことが可能になっているのである。中国の漁民は、海上民兵として中国共産党の尖兵となるのだ。

 このように東シナ海では、海保が警備能力を増強している途中であるが、すでに海保の能力を超えた危機的状況が迫っているのである。

 さらに、海保が尖閣諸島に注力しているあいだに、小笠原諸島周辺では、113隻にも上る中国漁船が姿を現し、宝石サンゴの密漁を行なっているというのだ。日本の海全体を守る海上保安体制を根幹から立て直す必要があるようだ。

国境の島の変革


 海上では危機感が漂う石垣島であるが、現在、空前の観光ブームを迎えている。海上はしっかりと国が守ってくれるという信頼の上で、その基盤となる島を活性化しようとしているのである。

 石垣島では一昨年70万人ほどであった来島客が、昨年は90万人を超え、今年は110万人に上る勢いである。観光客急増の理由として新空港の開設を挙げる人が多いが、空港が新しくなっただけでは、これほどの増加は望めないだろう。当然、地元の人びとの努力があってのことだ。中山義隆市長をはじめ、保守系の市議、島内の企業家たちが一体となって、各航空会社への増便と料金の低減の要望、ローコストキャリアへのアプローチ、全国各地での観光キャンペーンの展開などさまざまな手を尽くした成果だ。また、この夏、その観光客のなかに台湾人の姿を多く見るようになった。およそ10万人の台湾人観光客が石垣島を訪れる見込みだ。これも台湾との交流を進める石垣島の人びとの活動によるものだが、多くは豪華客船で訪れているのだ。石垣港は、最大1500人もの客を乗せた豪華客船が年間70隻以上訪れる国内でも有数の国際観光港になっている。台湾人観光客の主な目的は、カジノである。台湾の基隆港を出港し公海に出ると船内でカジノが開かれる。一度、台湾の港を出て外国に向かう船が公海上に達すると、台湾の法の制約を超えカジノを開くことができるのだ。必ず一度、他国の港に入港することが条件となる。そして、最も台湾から近い外国の港である石垣港に入港するのだ。

 しかし、この観光客はカジノが目的のため、島に上陸することはなかった。そこで、地元の企業家たちが船会社や台湾の旅行会社などに対して、乗客が上陸するように働きかけたのだ。いまでは、海の美しさやおいしい食事ができることを知った台湾人観光客が島内を周遊している。一隻の客船が着岸すると90台ほどのタクシーがチャーターされるようになった。また、この夏は、家族連れでシュノーケリングを楽しんだり、ダイビングをする台湾人も増えている。この動きは、日本国内にも伝播し、10月には、名古屋から300人ほどの団体観光客が、石垣島観光後、この外国客船に乗船し、夜通しカジノを楽しんでいる。

 これも国境の島であることを生かし、その利点を活用してのことだ。当然、石垣島の振興の過程で失敗もある。観光客が一気に増えたため、ホテルの客室が不足しダブルブッキング、オーバーブッキングをしてしまうホテルがあった。また、島のなかをレンタカーが走り回るようになり、交通安全やゆったりした島の習慣や秩序が脅かされる一面もあった。それも空港開港から2回目の夏が過ぎ、ようやく落ち着きを見せ始めたところだ。

 石垣市民が国境の島であることを意識し海上保安体制の強化を求めるようになったのは、2004年に遡る。この年の11月10日、中国の漢型原子力潜水艦が石垣島と多良間島のあいだの日本の領海を潜航したまま通過した。国際法において、一般の船舶は他国の領海も自由に通航する権利である無害通航権を保証されているが、潜水艦は他国の領海を通過する場合には浮上して国旗を掲揚することが義務付けられている。姿が見えない潜水艦が潜航したまま国土に迫るということは、それだけでも沿岸国を脅かす行為なのだ。当時、政府はこの潜水艦の動向に気付きながら対応が遅れた。海上警備行動を発令したが、すでに日本の領海を出たのちであり、何ら手を打つことができなかった。

 この事件は、石垣島の青年たちの郷土愛に火を点けた。当時、中山氏を中心とした青年グループが、郷土である国境の島の安全を守るように関係機関に働きかけたのだ。そして2010年、安全保障の強化を訴える中山氏が市長に当選、同年に行なわれた市議会議員選挙では、市長と志を同じくする保守系の青年市議が多く誕生し、市議の平均年齢を10歳も若返らせた。そして、石垣市の一部である尖閣諸島をしっかりと守るべきであるとの考えを鮮明に打ち出すようになった。中山氏の考えは、市民に受け入れられ今年再選され2期目に入った。また、市議会はさらに若手が当選し、市長支持の保守系議員が3分の2以上を占めるようになっている。

 この石垣島の青年グループは、「人が生きてこそ、島の意義がある」との気持ちから、安全保障と並行して島の活性化に本腰を入れたのだ。まず、島の最大の魅力である海を活用することを考え、海洋を総合的に捉え、石垣を海洋都市とすべく「石垣市海洋基本計画」を策定し、環境保全と島の開発の両立を模索しはじめたのだ。その一環として、台湾とのあいだの漁業協定の締結を政府に求め密漁に歯止めをかけ、漁場の安定と水産資源の保護の手を打った。さらに、台湾との友好関係を深め、前述の台湾観光客の獲得を果たしたのだ。国内においては、石垣島の海の魅力を存分にアピールし観光客の獲得に結び付けた。

 そして、石垣島は観光客の増加ばかりではなく、日本の離島のなかでは稀な人口増加を果たしているのである。その陰にはUターン、Iターンの若者のための職場つくりという明確な目的をもった地場産業の育成策がある。特産である石垣牛や近海で取れるクロマグロのブランド化をはじめ、最近話題のユーグレナ(ミドリムシ)など健康に良いとされる商品開発への支援に積極的に取り組んでいる。

 中山市長をはじめ、石垣島の変革に取り組んでいる青年の多くはUターン組であり、東京などの都市部とのパイプを生かし、島の活性化に取り組んでいるのである。彼らのなかに琉球独立論を支持する者はいない。

沖縄はアジアのハブ機能をめざせ


 なにも海の魅力をもつのは石垣島ばかりの特権ではない。沖縄県全体が海の魅力にあふれているのである。いま、日本で最も人気のある博物館、水族館は、沖縄本島中部の本部町にある「美ら海水族館」である。ジンベイザメやマンタが大水槽の中を泳ぐ姿が人気を集め、年間280万人ほどが押し寄せている。このように沖縄本島も美しい海の恩恵にあやかっているのである。

 しかし、政府に「おんぶにだっこ」でつくられた国立の水族館であり、沖縄振興策の一環としてつくられたものだ。今後、沖縄県の人びとは石垣市同様に、東京など本土と呼ばれる地域の人びとと力を合わせ、沖縄の活性化に結び付ける方策が必要だ。

 2013年、沖縄県には1年間で658万人の観光客が訪れているが、目的は海岸景勝地の探索、マリンリゾートでの保養、マリンレジャーなど海に関わるものばかりである。サンゴ礁をはじめとした多様な自然もあり、沖縄の魅力は海なくしては語ることはできない。この海洋観光が沖縄にもたらした経済効果は約4000億円であり、沖縄県内総生産の10分の1に匹敵する。沖縄の経済は、海洋観光なくしては存在しえないのである。

 また、沖縄の海の魅力には尽きることがない。2013年3月、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構は、沖縄本島の北西約100kmにある伊是名海域に、金、銀、銅などを含む海底資源が眠る海底熱水鉱床が存在することを発表したのである。この海底熱水鉱床の資源量は、340万tを超え、地金換算して推定5兆円に上る。

 さらに、今年7月、独立行政法人海洋研究開発機構は、伊是名よりさらに北方約50kmにある伊平屋島沖に大規模な熱水鉱床があることを公表した。また、1968年、国連アジア極東経済委員会が尖閣諸島海域の海底資源を調査し、油田がある可能性を見出した。そして、翌年、世界屈指の埋蔵量が存在する可能性が高いことを報告書に記載した。実際には、その10分の1程度であろうと分析する科学者もいるが、いずれにしても油田が存在することは確かなようだ。このことが、台湾、中国が尖閣諸島の領有権を主張する切っ掛けとなったことは周知だろう。

 沖縄県は水産資源も豊富である。とくに近年マグロが注目されている。沖縄県は、クロマグロ、キハダマグロ、メバチマグロの三種類のマグロの水揚げ高の合計において全国第3位となっているのである。尖閣諸島周辺には、貴重なクロマグロが産卵をする海域があるのだ。その他にミーバイ(ヤイトハタ)や海ぶどうなど、沖縄県特産の水産物が本土の市場に運ばれることも多くなっている。

 このように沖縄県は、海洋資源の宝庫なのである。沖縄県こそ「海洋都市」に名乗りを上げ、総合的な海洋開発に踏み切るべきである。

 また、沖縄県は海上交通の要衝に位置する。日本の南の玄関にあたり、太平洋と東シナ海を結ぶ海の十字路である。那覇市と東京の距離は、約1500km。同市を基点にこの距離と同じ半径の円を描くと、アジアの主要都市であるフィリピンのマニラ、韓国のソウル、中国の上海などがその圏内に入る。地政学的に、沖縄はアジアの要に成りうるのだ。今後は、那覇空港、那覇港は、ともにアジアのハブ機能をめざし、グローバル化したアジアの中枢となる可能性を秘めているのである。

 貿易大国となった中国は、世界と中国大陸を結ぶ道として東シナ海を横切り沖縄近海を利用している。この海域の制海権もしくは管轄権を手中に収めることが中国の当面の課題であり、そのために尖閣諸島へ侵出しているのだ。中国にとって沖縄周辺海域は、是が非でも手中に収めたい海域なのである。

争点は在日米軍基地問題だけではない


 沖縄県には、海底資源の調査および開発、水産資源の保護、育成など早急に対応すべき課題が山積されている。11月16日に投票される沖縄県知事選挙の争点は、在日米軍基地の問題ばかりが取り沙汰されているが、真の沖縄の発展を考えるならば、海洋開発、海洋保護をはじめとした海洋への取り組みについても問うべきである。また、沖縄に迫りくる本当の脅威にも目を向けなければならない。中国の脅威は目と鼻の先まで来ているのである。東シナ海において力で現状の変更をしようとしている中国は、今年4月、日本の排他的経済水域内、久米島沖の海底熱水鉱床海域付近で、日本の中止要請を無視して調査を強行している。ここにも、中国が沖縄を支配下に置こうとする野望を感じる。

 中国の習近平国家主席は、その就任演説において「中華民族の偉大な復興」をめざすと宣言した。この言葉は、中国共産党は、かつての明王朝のように経済力と武力をチラつかせ、周辺の国々を朝貢国のように政治的、社会的に隷属下に置くことをめざしていることを示している。その白羽の矢が、かつて琉球王朝があった沖縄に向けられているのである。その尖兵として利用されているのが、沖縄独立を叫ぶごく少数の人びとである。

 今年5月、琉球独立論を唱えるグループは、中国の北京大学で開かれたシンポジウムに参加して、沖縄県民があたかも日米政府により搾取されているかのごとく発表をして称賛されたという。また、中国社会科学院においても同様であったという。そのとき、このグループが証拠として掲げたのが、沖縄で発行されている新聞『沖縄タイムス』だった。『朝日新聞』の従軍慰安婦報道と同様な事態にならないことを望むばかりである。

 この琉球独立運動のグループは、中国の支配下に入っていたころ、琉球から中国を訪れた朝貢使節が歩いた道を実際に歩き感動したという。このように、中国による沖縄の日本からの切り崩しは、琉球独立運動グループを取り込むことにより動き出しているのである。日本政府は、沖縄県に迫る危機を回避するために、安全保障の基軸である日米安全保障条約に立脚した防衛体制を整える必要があるだろう。一方、沖縄県民に不満が多い日米地位協定を時代に合わせて修正し、地域による支援体制の構築も必要だ。沖縄県に現存する問題は、沖縄県民だけで解決できるものではない。石垣市のように他の地域の力も利用しながら発展していくことが賢明な策である。やはり、沖縄県民は、もっと海洋に目を向けるべきである。海を利用することにより、果てしなく明るい未来が沖縄県にあることを伝えたい。


山田吉彦(やまだよしひこ) 東海大学教授1962年、千葉県生まれ。学習院大学経済学部卒業。埼玉大学大学院経済科学研究科博士課程修了。日本船舶振興会(現・日本財団)海洋グループ長ほかを経て現職。著書に、『侵される日本』(PHP研究所)ほか多数。