本田 悦朗(内閣官房参与・静岡県立大学教授) 

激しい内需の落ち込み


 今年4月に実施された5%から8%への消費税率引き上げの影響を「想定内だ」という方がいます。私はそうした人に、「では、具体的にどのように想定しておられたのか」と聞いてみたい。

 消費増税の前に、民間エコノミスト約40名の回答を基に集計された「EPSフォーキャスト調査」を見ても、今年4―6月期の実質GDP成長率を前期比年率マイナス4~5%と予測していました。ところが、いざ蓋を開けてみると、マイナス7.1%というリーマン・ショック以来の大幅な落ち込みだったのです。

 いまでも駆け込み需要からの反動減は緩やかに回復基調にあるものの、ほとんどの経済指標が予想を下回るものになっており、よいデータはせいぜい有効求人倍率や完全失業率、最近低迷してはいるものの株価や為替ぐらいです。さまざまな景気動向指数は低迷しており、たとえばCI(composite indexes)一致指数は、7月(前月差0.6%増)を除いて4月からマイナスが続いています。内閣府が景気の基調判断を「足踏み」から「下方への局面変化」に下方修正したこともあり、過去に遡って「景気後退がすでに起こっている」という判断を行なう可能性が高いと思います。

 今年4―6月期のGDP速報(二次速報値)でプラスに寄与したのは民間在庫品増加と財貨・サービスの輸入の減少です。しかし商品が売れないために在庫が積み増しされ、また内需が弱く輸入が減ったことでプラスに寄与しただけですから、褒められた話ではありません。残りすべての値がマイナスで、その結果、成長率がマイナス7.1%(前期比年率)に落ち込んだのです。内需だけを見るともっと厳しく、おそらくマイナス15%程度に達するでしょう。それだけの激しい落ち込みを、われわれは今年、経験したのです。

見誤った増税のタイミング


 いまの日本は、まだデフレを脱却した普通の経済状態に回復していません。アベノミクス「第一の矢」である大胆な金融緩和で、15年間続いたデフレ経済のマインドを変えようとしている段階で、ようやく効果が表われつつあります。インフレ率を、消費者物価指数の生鮮食品を除く総合指数であるコアCPIの前年同期比で見ると、アベノミクスが始まったころのマイナスから、今年8月は消費税率引き上げの影響(2.0%)を除いた数値で1.1%と、かなりの勢いで上昇しています。同時に労働市場がタイトになっていることもあり、名目賃金も増加しています。しかし現在はまだ、名目賃金の増加ペースは物価上昇率に追い付いていないということに注意すべきです。

 アベノミクスが効いてくると、消費も投資も促進されて労働市場がタイトになり、名目賃金が上昇します。その結果、やがて賃金の上昇率がインフレ率を超え、実質賃金がプラスに転じます。

 ところが、その実現を前に消費税率を上げたのは、きわめてタイミングが悪かった。デフレ脱却はまだ道半ばで、結果的には、3%の消費税率アップには耐えられる状況ではなかったのです。したがって私は、「5年間にわたって1%ずつ消費税率を上げるべきだ」と主張したのです。

 安倍総理とも何回かお話をしましたが、周囲の状況から私の案が政治過程で多数派になるのは難しい、と感じました。そこで予定どおり3%の税率引き上げを行なうと同時に、増税の衝撃を緩和するために、5.5兆円の補正予算を組み、公共事業や中低所得者に対する給付を行なう。また、賃金を増やした企業に対する法人税の税額控除を含めて1兆円程度の法人税減税措置を行ない、そしてこれまで行なってきた大胆な金融緩和を継続するという3つの手段で、3%の消費税率引き上げを乗り切るしかないと考えたのです。

 ところが、誤算もありました。

 第一に、公共事業の工事がなかなか進まないことです。人手不足、なかでも建設業における熟練労働者不足と建設資材の高騰で供給制約が生じ、消費増税によるマイナスのインパクトを相殺するまでに至っていません。

 第二に、円安が進んだにもかかわらず、数量ベースでの輸出が伸びてこないことです。私は輸出がもっと増加し、消費増税の衝撃を和らげてくれるものと予想していたのですが、輸出は伸び悩み、今年度上半期(4―9月)は過去最大の貿易赤字となりました。

 こうした誤算がいくつか重なり、「こうなっては困る」と懸念するリスクシナリオのほうが実現してしまったわけです。

 天候不順という消費に対する悪化要因も私は否定しませんが、日照時間や降水量の統計を見ても、極端に雨ばかり続いたわけではありません。74人が犠牲になった広島県の土砂災害のように悲惨な自然災害があったので、心理的なインパクトは大きいのですが、日本全体として見て、今年がそれほど異常気象だったわけではありません。

 にもかかわらず、これだけ消費が伸び悩んでいるのは、つまるところ実質賃金がマイナスになってしまったためです。3%の消費増税がもたらす効果は2%程度のインフレにほぼ等しいので、消費税を3%上げることで実質賃金がさらに2%押し下げられ、実質可処分所得の減少とともに購買能力が落ちたのです。このような消費の減退を見て、期待インフレ率であるブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)も、今年7月ごろから下降に転じています。このままだと2%程度にインフレ率が達する時期が後ズレしてしまうかもしれません。

 やはり問題は消費税引き上げのタイミングにあった、といわざるをえない。

増税どころの話ではない


 消費増税にともない、駆け込み需要と反動減が生じたため、日本経済が本来もっている成長トレンドが視界不良になっている点も見逃してはなりません。そこで今年の1―3月期と4―6月期の実質GDPを均して、昨年の7―9月期と10―12月期の平均からの伸び率を見ると、年率約1.5%であることがわかります。しかし、家計消費だけを見ると年率約マイナス2%程度となります。4―6月期はマイナス7.1%まで落ちているので、仮に7―9月期が1―6月期の平均と同じ実質GDPであったとしても、つまりゼロ成長だったとしても、それを4―6月期と比べるとプラスに見える。それだけ「ゲタ(Carry Over)」を履かせているということです。

 1―6月期に対して7―9月期がゼロ成長だった場合でも、7―9月期の実質GDP成長率は4―6月期の3.8%増(年率)という数字になります。ということは、7―9月期の実質GDP成長率が対前期比で3.8%になって初めて1―6月期と同じ実質GDPの水準、つまりゼロ成長になるわけです。

 われわれがめざす目標は、「平成23年度から平成32年度までの平均において名目の経済成長率で3%程度かつ実質の経済成長率で2%程度」です。この点は、「社会保障と税の一体改革関連法」(社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行なうための消費税法の一部を改正する等の法律)の附則第18条に記されています。単純に考えると、7―9月期で前期比プラス5.8%の成長をしなければ、1―6月期に対して2%の成長を達成できないことになるのです。

 ところが最新の「EPSフォーキャスト調査」(2014年10月)を見ても、7―9月期の実質GDP成長率(前期比年率)の予測値は3.66%、つまり1―6月期からマイナス成長です。実際の成長率はもっと低いのではないか、というエコノミストも多いのですが、この3.66%がそのまま実現した場合でも、景気後退で現在の成長トレンドも維持できない。増税どころの話ではないのです。

 いずれにせよ、消費税率が10%に引き上げられることで、日本経済がさまざまな意味で「異次元の世界」に突入していくことは間違いありません。消費税率が2桁台になり、かつ10%ですから計算が容易になります。たとえば、40万円の液晶テレビなら4万円、5000万円のマンションなら500万円を税金でもっていかれる、と即座に頭で理解できる。国民に与える心理的な影響は計り知れません。

 消費税額が鮮明にイメージされるぶん、財布の紐が急速に固くなるのです。

2017年4月まで延期する


 むろん私は、「永久に消費税率を上げるな」といっているのではありません。いつかはタイミングを見計らい、税率を引き上げ、国民の皆さんにご負担いただかないといけないとは思います。財政再建のためにも、日本の税体系全体を見直すうえでも、消費税の増税は避けられないでしょう。

 しかし、まずはデフレ脱却を優先し、そのために消費税の再増税を2017年4月まで延期する、というのが私の最も現実的な選択です。昨年4月の日銀金融政策決定会合で、資金供給量を2年で2倍にし、2%のインフレ率を達成するという「量的・質的金融緩和」が決定されました。ところが今年4月の消費増税の影響で、2年で2倍というスケジュールが若干、遅れている。

 私の予想では、2015年の年末には、インフレ率が2%付近に達するのではないかと思います。しかし、それでアベノミクス「第一の矢」が目的を達成したと安心するのではなく、実際のインフレ率とインフレ予想が2%程度で10カ月程度安定していることを見届けたうえで、2016年9月か10月ごろにデフレ脱却宣言を行ない、10月には増税実施を確認できるでしょう。そして6カ月の準備期間をおいて、翌2017年4月1日に再増税を実施するシナリオがベストだと思います。くどいようですが、今年7―9月期の「瞬間風速」だけで、日本の運命を左右するような再増税の決断をしてはなりません。

 もし予定どおりに来年10月に8%から10%へ消費税率を引き上げた場合、その悪影響を打ち消す効果があるとすれば、黒田東彦日銀総裁が進める金融緩和を強化すること。もう一つは、国民に現金を配ることです。高所得者は2%程度の再増税に耐えられるかもしれませんが、中低所得者や若年層は、1%の増税でも大変な負担です。彼らに「子育て補助金」などの名目で集中的に給付金を出し、ショックを緩和することが必要となるでしょう。

 しかし、それがつねに可能とは限りません。私はインフレ率が2%で安定し、増税によっても実質の可処分所得がマイナスにならないときまで、消費税増税を延期すべきであると考えています。

増税して税収が落ちる可能性


 一方で、軽減税率に関しても議論がありますが、問題点も多い。もし軽減税率を導入するとなると、どの分野に適用するのかという際限のない議論が始まってしまうでしょう。

 最も大事な点は、消費税率を引き上げても税収が上がるとは限らないという点です。消費税自体の税収は上がっても、所得税や法人税の税収が落ちる可能性があるからです。前回、消費税率を引き上げた1997年のように、増税したにもかかわらず、税収が減ってしまったら元も子もありません。いまのように実質賃金がマイナスで、期待インフレ率も低下し、購買能力および購買意欲も脆弱な状況で増税した場合、税収が大きく落ちる可能性があります。他方で、将来マクロ経済が安定してくれば、持続的な税収増が期待できる。そのときまで増税をしてはいけません。

 加えて、名目GDPが1%増えたときに税収が何%増えるかを表す税収弾性値も、デフレからインフレへの過渡期にある現在では3程度あるといわれています。つまり名目GDPが1%増えたとき、税収は3%程度増えるということです。そこで名目GDPをできるだけ増やし、弾性値効果を最大限発揮させて税収を増やしたうえで、経済が安定したときに増税を行なうのが正しいやり方だと思います。

 最近、衆議院議員の山本幸三先生が消費税の再増税に対する慎重論を発表し、自民党内部にそれに同調する動きも生まれました。徐々に潮目が変わったように感じます。「消費税の再増税のスケジュールは既定路線であり、その路線を変えたら社会保障は実行できない」という思考停止状態を一刻も早く脱する必要があります。税率を上げると税収が全体として減ってしまう危険性が高いのです。

「所要の措置を講ずる」べき


 何が何でも「予定どおりに増税すべきだ」という人たちの言い分は、第一に、消費増税が一体改革関連法の本則で決まっていること。第二に、消費増税は国際公約だから延期した場合、国債の信認が傷つく、ということだけですが、はっきりいって二つとも間違っています。

 一体改革関連法の本則にはたしかに「消費税法の一部を次のように改正する」と記されていますが、附則第18条・第3項で、次のように定められています。


 「この法律の公布後、消費税率の引上げに当たっての経済状況の判断を行うとともに、経済財政状況の激変にも柔軟に対応する観点から、〈中略〉消費税率の引上げに係る改正規定のそれぞれの施行前に、経済状況の好転について、名目及び実質の経済成長率、物価動向等、種々の経済指標を確認し、〈中略〉経済状況等を総合的に勘案した上で、その施行の停止を含め所要の措置を講ずる」


 したがって、今年4月の消費増税の影響で、4―6月期の実質GDP成長率が前期比年率マイナス7.1%という東日本大震災以上に悪化した経済状況にもかかわらず、再増税の延期措置を講じなかった場合、右の附則第18条の趣旨に反することになるでしょう。

 国債の信認についても、10年物国債の金利は0.5%を切っており(2014年10月下旬現在)、日本国債はマーケットで安全資産と見なされています。ニューヨークで国連総会が行なわれた今年9月下旬、私も安倍総理に同行しました。その前にブリュッセルとロンドンを訪れ、年金基金の運用機関やヘッジファンドなど約70社の機関投資家と話しました。彼らは日本の消費税の再増税に対する問題意識が高く、「次の増税はうまくタイミングを選んで慎重に実施してほしい。前回の消費税増税のネガティブな影響はわれわれもよく認識している」という意見が過半数でした。

 加えて、ルー米財務長官も今年10月10日に開催された国際通貨金融委員会(IMFC)で “need to carefully calibrate the pace of overall fiscal consolidation”(財政再建のペースは注意深く設計し直す必要がある)と発言しています。これは「財政再建を急ぎすぎてはならない」という明確なメッセージです。概して、外国のメディアや投資家、格付け機関、研究者のほうが日本のメディアよりも消費増税をより冷静に見ていると私は思います。

 われわれがなすべきは、「いま必要な政策の優先順位は何か」ということを虚心坦懐に議論し、ベストな選択をすることにほかなりません。先の附則第18条には「所要の措置を講ずる」べきである、とまさに正論が記されています。

 デフレ脱却を確実にして名目GDPを増やすことは経済政策の基本であり、名目GDPが増えなければ「成長戦略」は失敗します。要は、デフレのままでは何をやってもダメなのです。15年間のデフレを経験した日本人が、身に染みて感じたことではないですか。

 最も恐ろしいのは、現下のデフレ脱却に失敗したら、その真の原因は消費税増税であっても、「アベノミクスが失敗したからだ」といわれてしまうことです。インフレ期待に働きかけることでデフレ脱却をめざすアベノミクスはデフレから脱却できる唯一の政策ですが、それを「机上の空論」だと批判する人は、いまでも少なくありません。そのアベノミクスが否定されたら、日本は未来永劫デフレから脱却できなくなります。

 私も大学で教鞭を執っていますが、20代の若者たちは物心ついてからずっとデフレ経済のなかで暮らしていて、所得は増えないものだと思っています。彼らは結婚もなかなかできず、子供を産んでも二人以上はまず望みません。そんな社会がこれからも続いたら、日本の未来は失われてしまいます。

 だからこそ今回は絶対に失敗できない。慎重にも慎重を期して、この大事な決断を政治家の方々に行なってほしい。国民の声をよく聞いてほしいと思います。

 「消費税の再増税は決まったことだから粛々とやればよい」という、そんな単純な次元でものを語ってほしくないのです。


本田 悦朗(ほんだ  えつろう) 内閣官房参与・静岡県立大学教授。1955年、和歌山県生まれ。東京大学法学部卒。大蔵省(現・財務省)で関税企画官や理財局国有財産第二課長を務める一方、在ソビエト連邦日本大使館二等書記官、在ニューヨーク日本総領事館領事財務部長、在米国日本大使館公使などを歴任。欧州復興開発銀行(EBRD)日本代表理事、財務省大臣官房政策評価審議官などを経て現職。著書に『アベノミクスの真実』(幻冬舎)がある。

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