三森久実(大戸屋ホールディングス前会長)


松下幸之助の信念を体現した定食屋


 いま私は、国内・海外合わせて約400店舗(フランチャイズ店を含む)を展開する定食専門店「大戸屋」を経営する立場ですが、1979年に養父から「大戸屋食堂」(当時は池袋)を引き継いだころは、商売のイロハもわかりませんでした。ビジネスのハウツー本が流通していない時代に、藁をもつかむ思いで手に取ったのが松下幸之助氏の本でした。

2015年7月に急逝した大戸屋HDの三森久実前会長
大戸屋HDの三森久実前会長

 商売の本質にとどまらず、人間としての正しい生き方を提示してくれた松下氏の著書は、ほぼすべて読了しています。

 松下家の執事を20年以上務め、『神様の女房』(ダイヤモンド社)を書かれた高橋誠之助氏の紹介で、松下氏が真実・真理を探究する場である京都の真々庵や芦屋の自宅にも何度も足を運びました。真々庵の地下には人間国宝(重要無形文化財保持者)の手による漆器や金工品、織物・染め物などが所狭しと並んでいます。当時の館長が「伝統工芸に息づく匠の技には、世界ブランドとなった日本製品の原点がある」と話されていました。若いころの私には十分に理解できませんでしたが、いまはその意味がわかるようになりました。

   われわれの先人が欧米の技術を学び、そこに日本独特の「匠の技」を融合させて海外に発信した結果、トヨタやソニーなどの世界ブランドが生まれました。

 日本の外食産業にも同じことがいえます。

 日本の外食の背景には、高度な技術があります。高度保存管理や発酵の技術や知恵を抜きにして寿司が世界に誇る日本のソウルフードとなりえないように、科学的根拠の裏付けがないと食文化は成立・継承されません。

 日本における食の産業化は、欧米のフードシステムを学び始めてから40年ほどの新規産業です。日本の外食産業は素材や物流機能や店内の管理に至るまで欧米から学び成長してきました。いまこそ、西欧の技術と出汁や発酵などの「匠の技」とを融合させた日本型外食産業を世界に向けてアピールする時期に差し掛かってきたのではないでしょうか。


箸を使って食事をするニューヨーカー


 2012年、われわれは満を持して「大戸屋(OOTOYA JAPANESE RESTAURANT)」をニューヨークに初出店しました。当時はアジアを中心に店舗の視察をしていた時期で、久しぶりにニューヨークに足を運び、現地の居酒屋で食事をする機会がありました。若いニューヨーカーが日本人と同じように箸を使って食事をしている光景が目に飛び込み、一過性のブームだった日本食が、急速にニューヨーカーのライフスタイルに浸透していること、そして彼らの味覚が日本人に近づいていることに驚きました。

 日本食を構成する要素として「素材」「発酵」「調理の技術」が挙げられます。マグロの握りを例にすれば、ネタやシャリ、わさびが素材で、酢や醤油は発酵、握りの技術は職人の腕。ニューヨークの居酒屋を訪れ、これらの要素を感じ取る「味覚値」が欧米人にも備わっていると直感したのです。

 気が付けば、ニューヨーク1号店のチェルシーから始まり、タイムズスクエアとグリニッチ・ヴィレッジにも大戸屋の店を出すようになっていました。ニューヨークでは「すきやばし次郎」で修業した職人が出店した「SUSHI NAKAZAWA」や「雅(MASA)」のように客単価が3万〜5万円の高級日本料理店が人気を博している。

 その一方で、ランチでもディナーでも3000円がプライスゾーンの飲食店はわれわれが先駆者です。利用者のうち約7割が欧米人で、日本人は3割程度。すっかり都市の一部として馴染んでいます。

 メニュー構成は日本とは多少異なり、刺し身や手打ちそば、焼き鳥なども扱っています。店で使う原料は日本から送るものが3分の1で、残りの3分の2は日本の食材を扱う現地の卸問屋を通して調達します。他所の日本食レストランでは、日本の食品メーカーからレギュラー商品の出汁やつゆを問屋から仕入れます。しかしわれわれはプライベート・ブランド(PB = 卸や小売りなどの流通業者が開発したブランド)を現地で供給し、日本と同じ味を再現しています。ホッケやサバなどの食材も高いクオリティを維持するため、日本から持って行きます。じつは、われわれは日本の水産メーカーに依頼して、大戸屋のためだけに高い品質が保証された魚を一定期間分、買い付けています。そして大戸屋が参入し、独特レベルの、塩水に漬けたり、細かい温度・湿度管理条件のもとで乾燥させ、加工を施してもらいます。

 このような綿密な手順を踏むことで、価格を抑え、かつ高品質な焼き魚のPBが完成します。このシステムによって、たとえ3000円のプライスゾーンでも、ニューヨークの美食家が満足するレベルの料理を提供できるのです。

 2015年には、「天婦羅まつ井」(ホテルニューオータニ「なだ万」内)でチーフを務めた松井雅夫氏を招聘し、天婦羅「MATSUI」をニューヨークに出店します。ニューヨークでは寿司レストランは数多く目にしますが、天婦羅の専門店はありません。金銭的、気分的に贅沢をしたいハレの日に天婦羅を食べたくなる心理はニューヨーカーも日本人も変わらないようです。

 われわれは祇園で洋食屋「MIKUNI」も経営していますが、天婦羅や洋食など大戸屋にはない未知のジャンルにこそ、学ぶべき料理の技術が隠れています。大戸屋のキッチンスタッフや商品部で働く社員を武者修行に出して、素材の選び方から食膳形式に至るまで学ばせることで、料理のスキルや「味覚値」のレベルアップに努めています。