田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

 財務省の「エージェント」に近い政治家やマスコミは、人間関係を活用しているのか、ある時期からほぼ一斉に「新ネタ」を言い始めることがある。財務省のエージェントかどうかはさておき、筆者も何人かの人物を「財務省の今の流行」を発言するキーパーソンとして、日頃チェックしている。そこから遅かれ早かれ、「教育国債」的なものが政治の話題にのぼることは十分に予想できた。
 自民党が安倍総裁直属の機関をたちあげて、そこで「教育国債」の議論をすると一部メディアで報じられている。一方で6日には、教育国債の発行について野党から質問された麻生財務相が否定的な発言をしている。

 高等教育や基礎研究にその資金を活用されるために国債を発行すること自体は、現在の財政法でも認められている常識的なものだ。そもそも国家の基礎的な単位のひとつは「人」である。「人」に投資をすることは、国土を守り、様々なインフラをつくることと並んでとても大切なことである。

 この人への投資は、世代をまたいで国を繁栄させ、個々の人々の生活を豊かにするうえでも重要なことである。特に、低年齢の人に政府が積極的に介入して教育投資を行うことは、経済全体をより豊かにすることが実証されてもいる。ノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・J・ヘックマン教授は『幼児教育の経済学』(東洋経済新報社)の中で、就学前の幼児への政府による教育投資は、その子供たちの非認知能力(労働意欲、学習意欲、忍耐や努力など)を大きく改善し、また認知能力(IQ指標など)を若干高めるとしている。

 例えば最近、日本でも「ベル曲線」を持ち出して、遺伝要因がIQ指標の高低に結び付いて、それが経済の不平等に直結しているという見方が流行している。だが、そのような遺伝決定説的な思考は、すでに時代遅れである。むしろ非認知能力と認知能力の双方が政策的にコントロール可能であることが、教育の経済学の大きなポイントになっている。

 ここまでは今回の「教育国債」には関係ないかに見える。だが就学前教育に政府が政策介入する(=お金を投資する)ことにも、日本はまだとても十分とはいえないので、高等教育や基礎研究だけではなく、この年齢層への公的な教育投資の金銭的裏付けとしては実に有効である。

 さて、日本の科学に関する基礎研究の問題点については、この連載「ノーベル賞候補の日本人研究者はなぜ中国と韓国を目指すのか」で既にふれた。経済学者のポーラ・ステファン教授の指摘によれば、科学の生産性を決めるキーは科学者のやる気だ。そしてこのやる気は、従来の知的資産の蓄積や本人の知的好奇心も重要なのだが、なにより金銭的な仕組みが決定的な要因となる(ポーラ・ステファン『科学の経済学』日本評論社)。研究開発投資(R&D)のGDPへの比率でみると、有能な科学者たちが世代ごとに生まれるのかどうかがかなりはっきりする、とステファン教授は指摘している。