重村智計(早稲田大学名誉教授)

恐怖の平壌


 平壌では、「日米首脳会談」の事実を口にできない。禁句である。話せば、逮捕される。北朝鮮の秘密警察のトップ、金元弘・国家保衛相が1月中旬に解任されたという。処刑の可能性も指摘される。北朝鮮国民は誰も知らない。口にすれば、拘束される。
1月1日、ソウル駅で北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長による「新年の辞」の発表を報じるテレビ番組を見る人々(AP)
1月1日、ソウル駅で北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長による「新年の辞」の発表を報じるテレビ番組を見る人々(AP)
 国家保衛相解任の理由は、テ・ヨンホ駐英公使の韓国亡命というのが、平壌からの情報だ。テ公使は、家族全員で亡命した。その過程で、子供の出国のため金元弘・保衛相に数十万ドル(数千万円)の賄賂を手渡した。

 北朝鮮の外交官は、少なくとも家族一人は人質として平壌に留め置かれる。家族を海外に連れ出せる許可は金元弘の権限だ。さらに、大使館内の秘密警察の担当者にも、多額のカネを握らせた。また、以前から韓国の情報機関と連絡を取っていた。

 秘密警察の幹部多数が、責任を問われ処刑された。テ公使は、昨年7月の亡命以来メディアとの会見を重ねている。その中で、金正恩委員長の母親の高英姫について言及した。北朝鮮の指導部内では、母親が在日出身であるというのはなおタブーで、彼女の墓地へのお参りは、幹部も含め禁止されている。公開には指導部内に強い反対意見があったという。

 金正恩委員長の誕生日は1月8日とされるが、今年も公式発表はなかった。カレンダーも祝日になっていない。北朝鮮最大のミステリーだが、母親の秘密と関係があるようだ。

 誕生日を最初に明らかにしたのは、「金正日の料理人」と言われる日本人だ。彼は、昨年の八月中旬に北朝鮮に入った。妻と娘が平壌にいる。日本料理店を開き、「年末には一度帰国する」と語っていたが、消息は途絶えた。命が危険になる「誕生の秘密」を知っているから、との憶測がある。

 北朝鮮の情報、工作機関は彼をスパイと疑っていたが、指導者の保護で手を出せなかった。日本の警察や公安、拉致対策室、韓国の情報機関とも接触していた、との報告が届いていた。

 処刑された「張成沢(チャン・ソンテク)」の名前も、禁句だ。「チャ」と言っただけでも、捕まりかねない緊張感が漂う。テ・ヨンホ公使は、「金正日以上の、恐怖先行政治」と述べた。

 マキアベッリは「君主論」で「君主は、愛されるより恐れられる方が安全である」と述べた。北朝鮮はこの理論を実践している。過去5年間で340人が処刑されたという。幹部や軍の将軍は、完全盗聴の対象だ。事務所はもちろん自宅の隅々に、盗聴器が隠されている。