イタリアで躍進する反EU政党

 
オーストリア大統領選で勝利し、支持者にあいさつするファン・デア・ベレン氏=2016年12月4日、ウィーン(ゲッティ=共同)
オーストリア大統領選で勝利し、支持者にあいさつするファン・デア・ベレン氏=2016年12月4日、ウィーン(ゲッティ=共同)
 ヨーロッパが大きく揺れ動いている。昨年12月にはオーストリアとイタリアで、大統領選挙と国民投票がそれぞれ行われ、オーストリアの大統領選挙ではリベラル系のアレクサンダー・ファン・デア・ベレン氏が、「極右政党」として知られる自由党のノルベルト・ホーファー氏を僅差で破った。EUで初めてとなる極右政党出身の国家元首の誕生が危惧されていたものの、結果は約3ポイントの僅差でリベラル系のファン・デア・ベレン氏が勝利した。
 
 第二次世界大戦終結後から現在までにすでに政権交代が60回以上あったイタリアでは、将来を見据えた長期的な政策の実施が困難だという指摘が以前から存在しており、レンツィ首相(当時)は上院の定数削減などによって、今後の政策が円滑に行えるという考えから憲法改正をめぐる国民投票の実施に踏み切った。しかし、イタリアの有権者が突き付けた答えは「ノー」であった。国民投票の結果を受けて、レンツィ首相は先月5日に辞任する意向を表明。同12日に辞任している。
 
 オーストリアで自由党がここまで台頭した背景には、国内経済の停滞と難民の扱いに対する有権者の不満が蓄積し(オーストリアでは昨年だけで約3万人が難民申請を行っている)、その流れを自由党のホーファー党首がポピュリズムを使いながら上手く利用したように思われる。オーストリアで自由党がここまで台頭した背景には、国内経済の停滞と難民の扱いに対する有権者の不満が蓄積し(オーストリアでは今年だけで約3万人が難民申請を行っている)、その流れを自由党のホーファー党首がポピュリズムを使いながら上手く利用したように思われる。
 
 この数年、難民が大挙してオーストリアにやってきて、難民申請を経て定住するケースは後を絶たない。社会の文化的なバランスが変化することを危惧する市民もいるが、それ以上に大きいのは景気の停滞が続くオーストリアでは難民よりも自国民の経済的な保護をきちんとすべきだという声が大きいことだ。EU発足から3年後となる1996年1月のオーストリアの失業率は4.7パーセントで、隣国ドイツの失業率は8.5パーセントであった。それから20年の間に両国の景気は大きく変化。2013年に両国の失業率は逆転し、昨年7月のドイツの失業率は4.2パーセント、オーストリアの失業率が6.2パーセントという状態だ。難民の保護よりも、自国民のケアにも目を向けてほしいと考える有権者は、難民申請者数に比例する形で増加した。