「日本は脱デフレに向けた過程で、今まさに正念場にある」「インフレ目標早期達成のためにできることは何でもやる」-。日銀の黒田東彦(はるひこ)総裁は10月31日に突如、最後の賭けに出た。
 長期国債買い入れ額を年50兆円から80兆円に増やす一方、日本株連動の上場投信(ETF)の買い入れ額をこれまでの3倍の年3兆円とする。長期国債買い入れは政府の一般会計向け国債発行額(2014年度は41.2兆円)の倍近いし、借換債など含めた市中発行額(14年度は167.9兆円)の44%に相当する。ETFの買い入れ額は信託銀行を上回り、日銀が日本株の主購入機関になる。想定していなかった市場に与えた衝撃はすさまじく、円相場は急落する一方で株価は急騰している。資金供給残高(マネタリーベース=MB)は15年末に国内総生産(GDP)の7割強(米国は2割強)に達する見通しで、これも異次元だ。マーケットへのマネー大量投入で脱デフレと景気の好循環を実現できるのか。


成功体験もとに

 黒田日銀が念頭に置いているのは米国の量的緩和の成功だ。米FRB(連邦準備制度理事会)はリーマン・ショック後の3次にわたる量的緩和政策によって、株価を押し上げ、その株価が先導する形で景気を上昇軌道に乗せた。筆者試算によると、13年1~3月期以来、米国のMBが「100」増えるごとに、株価は「15前後」上昇を続け、株価が「100」上昇すると、実質GDPは「12~15」増えてきた。

 日本の場合はどうか。MBの「100」の増加に対し、日経平均株価上昇幅は異次元緩和開始の13年4月から12月末まで実に「100前後」と目覚ましかったが、消費税増税実施の今年4月から9月末までの日経平均上昇幅は「55~60」で安定的に推移している。株価上昇幅100に対する実質GDPの増加分はどの程度か。13年1~3月期から今年7~9月期(実質成長率を民間予測平均の年率1.9%とした)まで、おおむね「5~6」で推移している。

 黒田日銀はこれまでの異次元緩和の成果に手応えを感じているわけである。この「成功体験」をもとに、緩和を大胆に拡大して、一気呵成(かせい)に脱デフレを実現しようと狙う。黒田氏が「中央銀行総裁として歴史に名を残すか」とつぶやくゆえんである。

過大評価は禁物


 だが、米国と日本には決定的な違いがある。日本では消費税増税があり、さらに株価に対する実体経済の反応度は、日本は米国の3分の1程度に過ぎない。日本の株価は絶えず、ニューヨーク・ウォール街の投機に左右される不安定さがつきまとう。また円安は内需型産業のコスト増を招き、急激な円安は実体経済の混乱を生みかねない。

 消費税について、黒田総裁は昨年秋の税率8%実施決定に際し、安倍晋三首相に増税しても金融緩和で景気への悪影響を相殺できると進言した。しかし、円安と税率アップのダブル効果で物価は3%台半ばまで一気に上昇し、実質賃金の下落を招き、家計消費を押し下げている。黒田氏と気脈を通じる内閣参与の本田悦郎静岡県立大学教授や浜田宏一エール大学教授は、異次元緩和を強化しても、税率10%への再引き上げ時期を1年半延ばすべきと、主張している。両氏に黒田氏が同調するのが当然だ。

 株価については、実体経済への影響を過大評価するのは禁物だ。グラフが示すように、01年から5年間の日銀量的緩和時期、株価は確かに上昇基調にあったが、脱デフレには至らなかった。当時のブッシュ政権の容認で日本は円安誘導策をとり、輸出増に成功したが、物価下落率以上に賃金・所得が下がり続けた。今回は、円安にも関わらず、輸出は増えない。内需、特に家計消費や実質賃金を押し下げる消費税増税はデフレ再燃の最大の要因となる。増税によるデフレ効果は1年後にはっきりと表れる。1997年度の消費税増税では、その年の7~9月期から企業の生産が減り、在庫が急増し始め、98年度から慢性デフレに突入した。日銀は異次元緩和の弾薬を今回で使い果たす。必ず成功させるためには、消費税率の再引き上げ見送りが最低条件になるだろう。
 (産経新聞特別記者・編集委員 田村秀男/SANKEI EXPRESS)