小林信也(作家、スポーツライター)

 週刊文春の先週号が、2000年代後半に中継ぎで活躍した越智大祐・元巨人投手の結婚詐欺疑惑を報じている。既婚者でありながら、キャンプ時に知り合った女性に、すでに離婚したと偽るなどして結婚を求めたという。その女性の証言は、結婚詐欺にとどまらず、現役時代に違法闇スロットに通っていた、刺青を背中に入れていたなど、荒んだプロ野球選手の現実を思い知らされる内容になっている。
東京六大学野球、早稲田大学・越智大祐投手(当時)
=2005年 10月 16日
東京六大学野球、早稲田大学・越智大祐投手(当時)
=2005年 10月 16日
 越智大祐を初めて見たのは、2002年春。越智が早稲田大学の投手として、神宮球場のマウンドに立った時だ。ちょうどそのころ、私は東大野球部の選手や法政大、専修大の選手らと勉強会を重ねるなどし応援していた時期で、毎週のように神宮球場のスタンドから六大学リーグ戦、東都大学リーグ戦を見ていた。

 早稲田のエースは4年生左腕の和田毅(ソフトバンク)。越智は一年生の春にすぐ、和田と並ぶ先発投手に起用された。がっしりした身体から投げる速球は重そうだったが、ごくオーソドックスな投球スタイルで、とりたてて相手打者を唸らせるような鋭い印象はなかった。2年下だが、東都で抜群のピッチングを重ねた東洋大・大場翔平投手(その後ソフトバンク入り)の速さ、鋭さに比べたら、それほど非凡さは感じなかった。打者を翻弄する投球術に長けているタイプでもない。

 しかし、バックネット裏で見るより越智のボールは打ちにくかったのだろう。1年春から2年秋まで、越智は負けなしの11連勝を記録。早大史上初の4連覇の一翼を担った。越智が投げれば負けない、早稲田ファンには頼もしい新人投手だったろうが、かといって、「六大学に新たな怪物登場」と言われるほどの騒がれ方もしなかった。

 私の記憶に最も刻まれているのは、なんとなく野暮ったいか、ふてぶてしく見えるあの早稲田の伝統のユニフォームを越智が着ると、白が輝き、若々しい光を感じた。そういった独特の華やかさは発散していた。ややふっくらしたベビーフェイス的なマスクで、女性ファンの人気も得るだろうと思わせた。