他者ではない戦争


 片渕監督は、2009年に『マイマイ新子と千年の魔法』のファンクラブの関連で、いち青年に過ぎなかった私と邂逅したことを覚えてくれていた。「もう死んでもよい」というほど感激した。こともあろうに片渕監督とはその後も、私の担当するくだんのFM番組に生出演していただいたりした。
(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
 なぜこんなに自慢話ばかり書くのかといえば、私は片渕監督とは、広重、国芳、歌麿、北斎レベルの歴史的アーティストだと思うからだ。1世紀を経た未来の歴史家が「片渕須直伝」を書くとき、当然2016、2017年の歴史的事実が照会されるだろう。そこに私が一端でも絡んでいれば、私も「歴史の片隅」に存在したことが子々孫々に残るからである。「おじいちゃんはな、あの片渕監督にナマで会ったことがあるんじゃ」―こう伝えて死んでいきたい。映画『クラウド・アトラス』(2012年)のラストシーンではないが、私は『この世界の片隅に』は、遠い子孫の記憶の中に、「歴史」として刻まれることを確信する。

『この世界の片隅に』への評論はほうぼうで出ているから敢えてそれを引用するのは野暮というものだ。私自身の言葉を述べれば、『この世界の片隅に』は、あの戦争の時代が他者ではない、ことを皮膚感覚で味わう作品、という風になろう。8月15日、終戦。主人公すずの嫁ぎ先の義母が本土決戦のために備蓄しておいたコメを「少しだけ」家族で分け合って焚く。「8月16日も、17日も生活は続く」、というニュアンスのすずの台詞がある。この部分は原作にはなく、片渕監督が独自に挿入したものだという。8月15日で歴史教科書は戦前と戦後を分断している。しかし、それは私たち後世人の認識であり、かの時代を生きた人々に8月14日と8月16日の違いは存在していない。

 幸村誠の漫画『プラネテス』でも同じような台詞が登場する。「宇宙と地球を隔てる境界ってどこにあるのだろう」。科学的には高度何万キロメートルの〇〇圏までが地球で、その外側が宇宙である。しかし、その境界は地上からだとぼんやりとしたグラデーションに過ぎない。実は境界なんてものはなく、だからこそ私たちは皆繋がっている―。これが幸村誠が『プラネテス』で描いたテーマだ。『この世界の片隅に』はこれを戦前・戦後の日本で行っている。「8月16日も、17日も生活は続く」。ならば9月は、10月は?1946年は?1947年は?当然、ずっと続くのである。そしてその先に、私たちの現在2017年がある。そう、時代は途切れることなく繋がっている。戦争の時代を生きた人々は決して「他者」などではなく、私たちと同じ時空間に存在する「同じ人々」だった。その当たり前のことを、『この世界の片隅に』は教えてくれた。