先崎彰容(日本大学教授)

 幽霊の特徴のひとつに足がついていない、というものがある。足元は消えていて、地上からふわりと浮いている。姿全体がかすんで見えにくい。
国会前の集会で、成立から1年となった安保関連法に反対を訴える人たち=2016年9月19日
国会前の集会で、成立から1年となった安保関連法に反対を訴える人たち=2016年9月19日
 この存在の危うさこそ、実は現在、私たちの周囲を囲繞(いじょう)している「民主主義」という言葉の特徴を示しているのではないか。

シュミットが与えた思想的影響


 そもそも、第二次安倍晋三政権が誕生してからというもの、前回の衆院選後は特に、民主主義への懐疑がささやかれるようになった。その特徴は、これまで民主主義を擁護するように思われた人びとの中から、民主主義を批判する言葉が現れたことである。

 たとえば、現行の選挙制度を運用する限り、どうやら安倍政権の「一強多弱」の状況を早々に覆すことはできそうにない。

 なぜだ、なぜ自分たちの思惑どおりに、政権を選挙で倒せないのか。答えは2つ。第1に、選挙で投票する民衆たちが「大衆化」してしまったからだ。彼らはその時々の風評に乗り、あるいは目先の経済成長ばかりを優先する愚民であり、時代を「的確」に-それは安倍政権を否定するという意味である-捉えることができない。そして第2に、民主主義それ自身のなかに、実は独裁者を生みだす傾向があるからだ。最良の例が、ヒトラーを生み出した第一次大戦後のドイツ民主主義である。

 彼らの2つの言い分は、おそらく安倍政権を独裁とみなし、それと民主主義は矛盾しないと言いたいものと思われる。現在の選挙制度を用いている限り、現政権を倒せない。それと同じ現象がドイツにあったという論理になろう。

 思い出すのは、カール・シュミットのことである。法哲学者として、ヒトラーの知的参謀のような役割を果たしたこの人物は、日本の思想界にも甚大な影響を及ぼした。丸山眞男は、自らの政治思想をつくりあげる際、常に彼のことを意識した。一世を風靡(ふうび)した論文「超国家主義の論理と心理」でシュミットの国家観を取りあげ、日本のそれと比較した。