田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

 北朝鮮の独裁者、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の異母兄である金正男(キム・ジョンナム)がマレーシアのクアラルンプール国際空港で、女性二人組によって毒殺されたというニュースは、世界に衝撃をもたらした。このベトナムとインドネシア国籍の実行犯と思われる女性二人組はマレーシア当局によって逮捕され、また主犯格の男性も拘束されたとの報道がある。

マレーシア紙が電子版に掲載した金正男氏を殺害した女工作員の一人とされる人物の画像(マレー・メール紙電子版から・共同)
マレーシア紙が電子版に掲載した金正男氏を
殺害した女工作員の一人とされる人物の画像
(マレー・メール紙電子版から・共同)
 実行犯と目される女性の一人(ベトナムのネットアイドルという証言をしている模様)が着ていたTシャツには「LOL(草生える)」が印字されていて、また「いたずら」として襲撃をしたとする記事も目にする。北朝鮮当局の関与を現時点で疑わない人はまれだろう。しかも北朝鮮の独裁体制を考えたときに、その独裁者の異母兄を暗殺することを、金正恩が知らないことは有り得ない。多くの識者や報道も、金正恩の直接の暗殺指令を肯定したものだ。北朝鮮の独裁者による異母兄暗殺という政治的な謀殺を、(本人の証言が正しければ)素人が実行したことになり、このアンバランスさは世界中の人たちに異様で深い闇をかえって印象づけただろう。

 暗殺のタイミングもまた注目に値する。安倍首相とトランプ大統領のゴルフ外交のまっただ中での、北朝鮮の弾道ミサイル発射。これによって日米の対北朝鮮への協調的姿勢がどの程度の強度を持つのものか、おそらく世界各国は理解することができただろう。もちろん北朝鮮のミサイル発射の意図もそこにある。結果として、安倍首相とトランプ大統領の迅速で、強固なタッグがメディアの場で明らかにされたことは、日本の安全保障面からはプラスだった。

 他方で、今回の暗殺事件は日米の反応を試すものではなく、主に中国の反応が注目するところとなるのではないか。さまざまな解釈や異説が成り立つ根拠があるが、金正男が北朝鮮の後継者や政権転覆の核になる可能性があったことも改めて議論されている。金正男とその家族の事実上の庇護者は中国政府であったことは明瞭である。冗談やしゃれで他国の人間を中国が保護することは有り得ない。そこにはリスク管理として、将来、北朝鮮の体制転覆したときの「後継者カード」として中国政府が利用する余地があるからではなかったか。