上祐史浩(「ひかりの輪」代表)

 今回の清水さんの幸福の科学への「出家」は、社会的にも大きな反響があって、かつてオウム真理教に出家した自分も、色々と思うところがありました。

 そこで、まず、単純な誤解を避けるために、幸福の科学の「出家」の意味を確認したいと思います。幸福の科学の出家とは、伝統的な仏教の出家ではありません。出家者が守るべき戒律を授かり、俗世・家庭生活から離れて、修行と布教に専念するというものではなく、いわば宗教法人幸福の科学の専属職員となることなのです。

 教団の表現では、「見た目は普通の社会人と変わらない。家族と暮らし、自宅から通う者もいれば(中略)、服装も常識の範囲内で各自に任されている。普通の仕事との違いは、中略(幸福の科学の)「法」によって人々の魂を救う仕事に専念していること」だそうです。そうした方は約2千人いるとされ、「僧職給として日々の生計の糧を支給する」そうで、その金額の水準は非公開だそうです(おそらくそれほど多くはないと思います)。

清水富美加さん=2013年4月5日、東京・銀座
清水富美加さん=2013年4月5日、東京・銀座
 私のように、初期仏教型の出家を経験した者からすれば、「出家」と言うよりは、「転職」と表現すべきかなとも思います。さらに言えば、清水さんのご両親が、幸福の科学の信者であり、その影響で彼女が信者となった経緯を考えると、オウム真理教でも注目された若者が親から離れるという出家ではなくて、その逆に、むしろ芸能界から親の元に戻ったという意味で「入家」なのかもしれません。

 この幸福の科学独自の「出家」制度は、1991年にオウム真理教と幸福の科学が、新新宗教として共に話題を集めた時から、私は聞いていました。そして、これが、出家に限らず、幸福の科学の特徴全体を象徴するものだと思います。つまり、オウム真理教は、いい意味でも悪い意味でも、初期仏教的に、ストイックで真面目「すぎる」のですが、幸福の科学は、オウムよりも「ゆるい」のが、特徴だと思います。そして、歴史上の様々な宗教が戦争やテロに至る場合にそうであるように、オウムは、真面目過ぎて、それが逆に災いして、事件を起こした結果となったというのが、私が田原総一朗氏とオウム真理教を振り返った共著の結論でもあります。

 もちろん、これは、オウム真理教との比較の問題であり、幸福の科学も、社会に対して攻撃的な部分はありました。1991年には、教団を批判する記事を掲載した講談社への信者多数によるファックス攻撃が話題になりました。2009年に幸福実現党として選挙に出た際の教祖の言動には、マスコミが自分たちの候補者を具体的な根拠もなく不当に泡沫候補扱いしていると批判する言動があったと聞いています。また、知り合いの宗教学者によれば、数年前の時点でも、教祖の妄想的な陰謀論的な言説があったと聞いています。

 しかし、大局的に見れば、教団は高齢化し、昔とは変わって、大分オープンになったという宗教学者の見解もあります。実際、宗教も、その他の運動も、若者が多い時には過激であっても、高齢化とともに穏便になっていくのが常だと思いますし、幸福の科学も例外ではないのではないかと思います。