金子熊夫 (外交評論家・エネルギー戦略研究会会長)

 福島原発事故から丸3年。事故の後遺症はいまだ癒えず、原発再稼働の目途も立たない中で、政府が進める原発輸出政策には国民の間に心理的抵抗や倫理的違和感が少なくないようだ。福島事故の深刻な影響、とりわけ福島の被災者が蒙った、筆舌に尽くしがたい被害や苦痛を考えれば、こうした反応が出てくるのは当然だとは思う。

 しかし、原発輸出問題は、そうした国内的な面だけではなく、国際的な面からも考えるべき問題であり、軽々に判断することはできない。この問題をめぐる現在の国内の議論を聞いていると、果して原発輸出の意義や問題点が正しく理解されているかどうか、甚だ疑問に感じる。よって、長年この問題に深く関わって来た者として、敢えて意見を述べておきたい。

問題点(1)
「原発輸出は倫理的に許されない」という議論

 このところ原発輸出や、その前提としての二国間原子力協力協定問題をめぐって国会でも連日激しい議論が繰り広げられている。野党だけでなく自民党や公明党の中にも反対論が少なくないようだ。さらに日本維新の会では、一貫して賛成論の石原慎太郎共同代表と、主に大阪出身の若手議員の間で激論が戦わされ、挙句の果てに、石原氏に対し「党の方針に従わないなら離党せよ」という意見まで出た。結局石原氏が折れて、事は一時的に収まったようだが、いかにも異常な状況と言わざるを得ない。反対派の議員たちは、「福島原発事故の深刻さを考えれば原発輸出などとんでもない」という、いわば感情論で動いており、原発輸出や原子力協定問題の本質を正しく理解しようという雰囲気はほとんど全く感じられない。

 こうした空気を反映してか、マスメディアも原発輸出問題を正面から取り上げようとはしない。これでは一般市民が判断する材料も提供されず、成熟した議論が成り立つはずもない。

 国会では、昨年末の臨時国会に提出されたトルコ、アラブ首長国連合(UAE)との原子力協力協定案が、特定秘密保護法審議の紛糾の煽りで審議入りできなかった。その結果今国会に持ち越しとなったわけで、近く衆参両院の外務委員会での本格審議が始まるが、その際には、単に感情的、倫理的な観点からだけではなく、国際的、戦略的な視点に立って十分バランスの取れた議論を是非展開してもらいたいものだ。詳しい論点は以下に述べる。

問題点(2)
原発の押し売りをする日本?
安倍首相のトップセールスはやり過ぎか?

 先ず第一のポイントは、福島事故後も世界では、ドイツ、スイスなどごく一部の国を除き、原発拡大傾向が続いていることだ。とくにアジアや中東などの新興国の間にその傾向が顕著で、ベトナム、UAE、トルコのように初めて原発建設に乗り出した国もある。これらの国々では、先進国と同様、エネルギー需要の飛躍的増大と地球温暖化対策として原発の有用性が認められ、国家的プロジェクトの形で強力に進められつつある。それに伴い、フランス、ロシア、米国、韓国、中国等原発輸出能力を持った諸国が世界各地で激しい受注合戦を繰り広げている。各国とも大統領や首相、外相が直接売り込みの先頭に立っている。

 その中で、半世紀にわたって営々と培ってきた日本の原子力技術(耐震性など)への世界の評価は高く、福島事故にもかかわらず、むしろこの事故で一層鍛えられた日本の原発技術への信頼は揺らいでいない。そうした日本の協力を是非とも得たいという国は多い。そうした国の中で、特にベトナムは、民主党政権(菅内閣)時代の2010年末に日本から原発2基を輸入することに決定し、その1年後に日越原子力協定を締結した。ヨルダンとも協定が締結済みだ。

 自民党政権になって、安倍総理自らアジアや中東、東欧などでトップセールスに動きまわっているが、それは相手側にニーズと期待があるからであって、決して押し売りをしているわけでもなく、国際的に見て総理の動きが突出しているわけでもない。

 勿論原発輸出が、アベノミクスの成長戦略の中で重要な役割を担っていること、さらに、今後国内で原発新設が期待できないメーカー企業が海外進出に活路を見出そうと必死になっていることも明らかである。

問題点(3)
日本が輸出に応じなくても新興国は原発をやめない
日本は蚊帳の外でいいのか?

 これらの新興国は、もし日本が応じなければ原発建設を諦めるのではなく、当然のように別の国から輸入して、予定通り原発建設を進めるだろう。そして、そうなった場合、日本は「蚊帳の外」におかれることになる。一般に、原発輸出国は企業秘密保護のため他国の技術者の現場への立ち入りを制限する場合が多いからだ。そうなると、せっかく日本が優れた原発技術を持ち専門家を多数抱えていても、そこの国に対し自由に技術指導も出来なくなる。

 そして、もし、そのような新興国で将来大事故が起こっても日本から救援に駆けつけることは難しい。その結果累が日本に及ぶことも十分ありうる。東アジア諸国の場合は特にその可能性が否定できない。これは、かつて30余年前に、フィリピンがバターン半島の突端に軽水炉(米国ウェスチングハウス社製)を建設したとき、当時外務省原子力課長であった筆者が直接経験したことであるから間違いない(ちなみに、バターン原発計画は、工事半ばで、マルコス政権崩壊により頓挫してしまった)。日本はモノを売ってしまえば後は知らぬという態度ではなく、アフターサービスの良さにおいても定評のあるところで、そうした日本との技術協力を熱望する国も少なくなく、そうした国々の期待に応えるのも日本に課せられた重要な国際的責務と考えるべきである。

問題点(4)
原発輸出は核拡散を助長し、
NPT体制を弱体化させる?
「一国平和主義」に安住する日本

 さらに、もし日本が原発輸出から脱落すれば、日本以外で原発輸出能力を持った国はほとんどすべて核兵器国(特に仏、露、米、中国)だけとなる。ところが、これらの国は、核不拡散条約(NPT)上核兵器の製造・保持を公認されており、しかも自国の原子力活動に対する国際原子力機関(IAEA)の査察を受ける義務も経験もない。ロシアや中国は輸出先に厳しい査察義務や規制を課すことを避けるきらいがある。

東芝傘下の米ウェスチングハウスが中国浙江省で建設中の三門原発
(copyrighted by Sanmen Nuclear Power Co.,Ltd.)
 その点、被爆国として自ら非核に徹し、核不拡散義務を忠実に果たしつつ原子力平和利用活動を実践してきた日本は、一貫してNPT・IAEA体制を支えてきた、いわば模範生と自他共に認める存在である。実はこうした日本の国際的な貢献は、少数の専門家を除いて、一般国民には見えにくいので、日本国内ではほとんど理解されていないが、紛れもない事実であり、国際社会では広く知られていることである。

 そのような立場にある日本が世界の原発市場から欠落することは、原子力平和利用推進、核拡散防止の観点から、ひいては国際平和と安全保障の観点からも決して好ましくない状況といわねばならない。実は、米国の外交当局者や識者(アーミテージ元国務副長官など)が真剣に懸念し、憂慮しているのもまさにこの点である。一昨年夏、民主党・野田政権が「原発ゼロ」政策を決めかけたとき、米国政府などから強いブレーキがかかった背景には、このような裏の事情があったことをとくに指摘しておきたい。

 原発輸出に反対する人々は、日本の原発輸出は核拡散を助長すると言うが、決してそうではなく、事実は真逆である。日本は福島事故の苦い教訓を生かし安全性を一層向上させた原発を輸出することにより、世界の原発の安全性向上に貢献できるだけでなく、核不拡散の思想を広め、新興国に範を示すことにより世界平和にも貢献できる立場にある。というより、そうする国際的な責務が被爆国・日本にはあることを忘れるべきではない。これこそ「積極的平和・安全主義」への道である。自ら関与しなければよしとする消極的、退嬰的な「一国平和・安全主義」の殻に閉じこもるべきではない。そして、これが原発輸出を含む日本の「原子力外交」の本旨であることを肝に銘じたい。

問題点(5)
インドとの原子力協力は
NPT体制の崩壊につながる? 
日印原子力関係の重要性への正しい理解

 ついでに、この機会に、日印原子力協力問題についても一言しておきたい。(なお、この件についてはWEDGE 2010年8月号の拙稿「日印原子力協定反対論にもの申す」で詳しく論じてあるので、是非再読していただきたい。)
 インドは、NPT非加盟――日本のマスコミが「未加盟」というのは不適当――であるという理由で、インドとの原子力協力はNPT体制を弱体化させるから不可だという意見があるが、それは、国際政治の実態を知らない人の観念論、形式論であり、非現実的な議論である。

 インドは、最大のライバルである中国に「核兵器国」という特権的地位を与え、いくら核兵器を増産してもお咎めなし――実際に中国は5大国の中で唯一着々と核軍拡の道を突進しているーーという現在のNPT体制は本質的 不平等、不公平であるとして、一貫してNPTへの加盟を拒否している。しかも、インドは、日米同盟に基づく米国の核抑止力、つまり「核の傘」に依存する日本と異なり、どこの国の「核の傘」にも入っていないから、自力で自らを守る以外にない。

 インドの核政策は、当然ながら、インドの「至高の国家的利益」(NPT第10条)に基づくものであって、主権的な問題である。日本が「唯一の被爆国」という特殊な立場を振りかざして、説得できる国ではない。まして、核実験を行ってはいかんとか、もし行ったら協定関係を直ちに停止することを協定中に明記せよとの要求を呑むような相手ではない。それを言うならば、まず中国に対して言うのが筋ではないかと反論されるだけだ。

 他方インドは、いかにも好戦的な国で、核開発にのめり込んでいて、核不拡散には無関心であるかのように誤解されているようだが、それは事実ではない。NPT非加盟ながらも核拡散防止にはどの国にもまして(勿論中国とは比較にならぬほど)誠実に協力している。このことは、2008年に「原子力供給国グループ」(NSG)が米印原子力協定を全会一致承認したことで証明済みと考えられる。後は、目下交渉中の日印原子力協定で、インドの核不拡散義務と2008年の「行動と公約」を協定上適切な形で再確認しておくことで十分なはずだ。

 日本のアジア外交上きわめて重要な戦略的パートナーであるインドとの協定交渉の早期妥結は正しい方向である。これ以上の逡巡は無益であるのみならず有害であり、一日も早い交渉妥結を決断すべきだ。

問題点(6)
トルコ、UAEとの原子力協定の承認問題

 今国会に提出されているトルコ、UAEとの原子力協定案も、我が方の外交当局者が苦心してまとめたものであり、妥当な内容であるので、できるだけ早急に国会承認を得て発効させるべきである。

 なお、これら新興国に対し将来的に再処理・濃縮の権利を認めるべきかどうかが問題となっており、とくにトルコとの協定案に『再処理禁止』条項は入っていないことを問題視する意見が一部の国会議員の間にあるようだが、これについては後日掲載予定の新たな記事を参照されたい。