もはや神学論争のレベルになっている我が国の原発論争ですが、東日本大震災から3年半が経過したいまなお、福島第一原子力発電所の事故原因から原子力産業の管理体制、日本のエネルギー調達体制にいたるまで、いまだ白黒がはっきりとつけられることなく現在に至っております。
 
 もちろん、個別の事件や政策に対する評価は進んでいる一方、原子力発電のコストは正味どれだけの利益があるのか諸説あります。円安による化石燃料の高騰が日本の国際収支に大きなマイナスの影響を与えるかと思いきや、中国経済の減速観測や一時的かもしれないシェールガス革命のお陰で原油の調達価格が下がってきて一息つくなど、各方面に大きな影響を与え続けているのも事実です。

 国民においては原子力発電所の事故の影響が人体に及ぶのではないかと心配し、子供を持つ親の間でもいまも根強い放射性物質に対する懸念や心配が続いているのも事実です。

 科学的にはほとんど影響がないのだということが明らかになっていたとしても、心のどこかで何かあったらどうしようという不信感の源になっているのは、図らずもいままでの原子力行政において絶対安全神話のようなものが築き上げられ、中ではたいした安全確認も充分にできていなかったにもかかわらずこれだけの事故が起きてしまったという裏切られた感が大きいことは言うまでもありません。ネットではいまなお放射能デマのようなものが散見されますが、原子力発電は安全だと言い続けてきて起きた事故の反動という意味では情の面では心を寄せざるを得ません。

 しかし、世界に目を転じると原子力の平和利用はそれなりに促進されており、福島の深刻な事故とは別に高騰してきた化石燃料に対する代替エネルギーとして一定の割合を期待され続けているのもまた事実でありましょう。

 お隣の中国では13年時点で6ヶ所に15基の原子力発電所が稼動しており、確実な形での公表はしていませんが、2020年まで原子力発電所を2基ずつ増発し、最終的には40ギガワットを超える発電量を確保したい考えだという。

 また、我が国もさまざまな問題は抱えながらも、国内の原子力発電の再稼動議論とは別に海外への原子力発電の売り込みが国内企業からベトナムやトルコなど各国に対して行われています。

 日本の原子力政策は無意味な安全神話の構築のお陰もあり大事故に繋がりいまなお大きな傷跡を残したが、産業的、あるいは原子力工学などの技術的、学術的な分野では関係者の努力も通じて大きな成果を得ようとしている側面はあるでしょう。

 もちろん、これらの売り込み先は核不拡散条約の問題もあり、文字通り原子力発電所の稼動においては日本企業丸抱えのリスクを孕みます。事故を起こしたときの補償は最大限日本企業が負うことはもちろん、通常運転により発生する核廃棄物などの引き取りも日本が面倒を見なければならない仕組みになっていることを考えると、国内の事故にとどまらない問題を引き起こす可能性は現段階では否定できません。

 それでも前を向いて原子力工学の未来を信じようという考えがあるのであれば、日本国内の情にもしっかり配慮した議論を積み重ねながら納得を引き出しどうにかやっていく以外方法はないのではないでしょうか。